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ラテンアメリカの政治議論において自決の問題はますます注目されるようになっている。自決や主権ということばは、対外債務の重圧や貿易協定が国の経済政策立案を侵害していると人々や政府が不満を述べるときにしばしば使われる。またプエルトリコとアメリカ合州国の間には長年緊張関係が続いているが、近年は、合州国は島を爆撃演習場として使用することを止めよというビエスケス(プエルトリコ)の住民の要求によってこの問題はさらに注目を集めている。ここ2、30年はラテンアメリカの先住民族(西半球のもともとの先住者)が自決を求めている。
ラテンアメリカの学者や政治家はこれまで長い間、彼らが言うところの「先住民問題」に懸念を表明してきた。先住民族が近代化の政治的・経済的恩恵に与れるよう、先住民族の社会への統合の方法を提案する者がいる一方、より文化人類学的な傾向をもつ者らは近代化のもたらす危険から先住民族共同体を守ろうとしてきた。
この論争は今日も続いてはいるが、現在、最も一般的には、文化的マイノリティが近代化の恩恵を受けることができるように保障しつつ、開発が潜在的にもつ否定的な影響から文化的マイノリティを守るということが課題であるとされている。
しかし、先住民族の共同体や知識人は違う問題の立て方をする。彼ら・彼女らは保護ではなく、自決を求めているのである。
先住民族運動は自身の政治的・経済的発展をコントロールし、独自の文化的アイデンティティを維持する権利を以前にも増して求めるようになってきており、多くの場合、これを自決権として主張している。しかしラテンアメリカ諸国の政府は、一方で文化的統合と先住民族の国政プロセスへの参加を奨励しつつ、先住民族の自決権の承認には躊躇してきた。
先住民族共同体は、市場、メディア、教育制度によって推進される民族的同質化の圧力に抗することがますます困難になっていると感じている。同質化圧力が高まる中、先住民族の政治的リーダーは民族的・文化的多様性を推進しようとしている。ここ数十年、ラテンアメリカ各国が民政に移行し、市民社会が発展していく中で、先住民族はその政治的意思・要求を表明する新たな回路や機会を得てきた。
近年における先住民族の組織化の起こり
1970年代初頭から、ラテンアメリカ各国の先住民族共同体・組織は国レベルおよび地域レベルで会合をもつようになり、現在では文化的に適切な経済発展、二言語教育、天然資源開発の影響、さらには気候変動といった問題について共通の戦略を打ち立てるべく定期的に会合するようになっている。
南米先住民族協議会(Consejo Indigena
de Sud America―CISA)は最初にできた地域横断的組織の一つで、権威主義的政権に対する抵抗運動を組織した。国際レベルでは、国連人権委員会の下に1982年に設立された先住民作業部会が最も重要なネットワーキングの場となってきた。
ラテンアメリカの先住民族団体は定期的に会合し、米州機構(提案されている先住民族権利宣言に関して)や生物多様性条約などの多国間条約・機関に関する考え方や要求を討議している。米州開発銀行(IDB)においては、先住民族団体はIDB先住民族基金を通じた開発融資に関して発言力を持っている。
グァテマラのノーベル平和賞受賞者リゴベルタ・メンチュウは国際先住民族サミットを定期的に招集し、アマゾン流域団体連合(Coordinadora
de Organizaciones de la Cuenca Amazonica―COICA)は、9カ国のアマゾン流域先住民族代表を結集させるのに成功している。しかし、国際的な舞台での先住民族の存在は、ローカル・国内レベルの先住民族運動の高揚があって初めて可能になっているというのが一般的な認識である。
国内レベルでは、領土に対する権利の要求が最も大きな議論を呼んでいる政治的目標であるが、多くの先住民族にとってはそれは生存のために不可欠なのである。大方において土地権に関する自決の要求は、農地のコントロールを求めるラテンアメリカの他の農民運動の延長線上に位置するといえる。実際、こうした農民運動は多くの場合先住民族運動形成に寄与してきたのである。
先住民族のアイデンティティは一般的にいって個々の文化が発展してきたその環境と結びついている。従って、領土とは単なる農地改革を超えて、共同体の土地、環境保全、開発に関するコントロールを含むものなのである。土地権という共通した要求のほかは、具体的な先住民族の要求は、それぞれの共同体の状況に応じて多様である。
ラテンアメリカ全域で、先住民族共同体がとる方向性は宗教的所属および政党との関係性によって影響を受けている。たとえば、1970年代には左翼団体・活動家が先住民族のリーダーを育てるにあたって重要な役割を果たした共同体もあった。一方、労働運動は先住民族にとって抗議の場を提供した。二言語教育やその他の文化面での改革を要求した先住民族リーダーは、ときに、プロレタリアートに分裂を持ち込む民族主義者というレッテルを貼られた。
階級―民族をめぐる論争は現在も、とくに先住民族が都市に労働の場を求める傾向が高まる中で、先住民族運動内に緊張を引き起こしている。しかしながら、宗教や政治的な所属は異なりつつも、大方において先住民族共同体は文化的アイデンティティと歴史を共有しているという認識によって、国内レベルの闘争においては団結している。
先住民族の組織化を進める大きなきっかけとなったのは、1992年のコロンブスのアメリカ到達500周年であった。ラテンアメリカ諸国の政府が祝賀行事を計画したのに対し、先住民族側は抵抗の500年を祝うもう一つのキャンペーンを繰り広げた。米州機構が婉曲に「二つの世界の出会い」と称したものを、多くの先住民族リーダーは民族抹殺(ジェノサイド)と形容した。先住民族団体はそれまでの数十年にわたる活動の実績を基礎に国際的ネットワークを築き、祝賀行事に抗議する大陸横断的な集会を開催したのである。
500周年の年、さまざまな多様な共同体が(多くの場合初めて)出会い、500周年が先住民族にとって意味するものについての議論が延々と行われた。たとえば自らを主権をもった民族であると考えるアメリカ合州国の先住民族グループは、命を賭して土地占拠を行う先住民族活動家と出会った。プロテスタントの先住民宣教師たちは、サルバドール・アジェンデ大統領を早くから支援したチリのマプーチェと出会った。
他から隔絶され、ジャングルの自分の家を一歩も出たことのないアマゾンから来た人々は、ジェット機で各地を飛び回る先住民弁護士とともに戦略を練った。4000万人以上に上る1000ものグループのもつ多様性は複雑であったが、500年にわたる排除の歴史を共有することによって共通の政治的アイデンティティが形成された。多くの者にとって500周年は画期的な年となり、その後、先住民族運動はラテンアメリカにおいて確固たる位置を占めるようになるのである。
ラテンアメリカにおいて先住民族の自決の枠組みは、各グループに共通の植民地化およびポストコロニアルの歴史だけに規定されているのではなく、共通の社会紛争の経験からも規定されている。ラテンアメリカ地域の貧困にあえぐ共同体に共通して影響を与えている、その同じ状況から先住民族の組織化が生まれたが、そこには先住民族独自の特徴があった。たとえば土地を求める農民の闘争は、先住民族が先祖伝来の土地への権利を主張し始めると新しい意味をもつようになる。
今日、最も重要な要素の一つは、この地域に広範に見られる持続不可能な開発がもたらしている危機である。天然資源開発型という支配的開発モデルは生態系の危機を引き起こしており、とりわけ先住民族に大きな損害を与えている。ラテンアメリカ8カ国とフランス領ギアナにまたがる熱帯雨林を抱えるアマゾン流域は、先住民族にとって持続不可能な開発がもたらす危機が最も顕著に現れている場所である。そこでは100万人以上に上る先住民族が、先祖伝来の土地の法的権原を得ようと闘っている。
しかし、たとえ法的権原をもっている場合でも、往々にして政府には法的にまたは制度的に先住民族を保護するための能力がない。先住民族が開発プロジェクトについて相談を受けることは稀で、多くの場合環境破壊の現場を目撃する立場に置かれるのみである。アマゾンの先住民族は、天然資源に関する彼らの懸念を環境問題用語で表現することによって、領土への権利を支持する国際的なアクターとの前例のない連携を生み出し、目覚しい成果を上げてきた。
現在も続く持続不可能な開発のパターンは、アマゾン流域以外でも先住民族の自決権要求の高まりを推進する要因となった。先住民族共同体は公共・民間プロジェクトが開発の名の下に彼ら・彼女らの生活様式を変えてしまう前に、十分な情報を与えられた上で事前に同意を伝える権利を要求している。この権利は生物多様性条約やILO第169条約などの国際条約に規定されているものである。
最も重要なのは、先住民族はダム建設のために強制移住させられる前に、あるいは自分たちの生まれ故郷が鉱山開発会社に売り渡されてしまう前にノーという権利を求めているということだ。多くの地域で共同体には土地の法的権原がないため、自決権を求める闘いは込み入った法的・倫理的問題でさらに複雑なものになってくる。
ますます頻繁に生じてくる関連する問題にはたとえば次のようなものがある。十分な情報を与えられた上での事前の同意を要求する国際法は資源に対する国家の権利に優先するものなのか? 多国籍企業と開発機関は先住民族の自決を支援する責任をもつのか? アメリカ合州国はラテンアメリカの先住民族の権利を尊重する義務があるのか?
新たな戦略
先住民族は差別的な経済・社会政策に直面しながら生存のための闘いを日々継続しているが、活動の組織化の上で新しい戦略を採用してきた。たとえば、今世紀最も重要な手段の一つになりつつあるのは法的手段に訴えることである。国際法に同調するように、多くの国は現在、先住民族の権利の一部を認める国内法を定めている。先住民族グループの多くがこれらの法、とくに土地権原に関する法律の施行をめぐり、政府を相手取って国内法廷および国際法廷で裁判を起こすという戦略を採っている。
たとえば米州人権裁判所は最近、ニカラグアのアワス・ティングニ共同体のケースに関してニカラグア政府敗訴の判決を下した。この前例のない判決によってニカラグア政府は、マヤグナ民族の土地権原を確立することを求められ、天然資源の利用に関してマヤグナ民族と協議しなければならないことになった。法的な舞台以外では先住民族の採る戦略は選挙への参加の拡大から武装蜂起まで広がっている。
先住民族運動拡大の重要な推進力のひとつなっているのが、国際人権機構、とくに国連人権委員会である。歴史的には比較的新しい国民国家システムを維持する機構であり、自分たちの代表が排除されていると先住民族が主張する機構である国連が、先住民族の抱える問題を表明する重要な場を提供しているのは皮肉なことだ。
1982年以来毎年、世界中の先住民族代表がジュネーブの国連に集まり、先住民族の権利に関する作業部会に参加している。作業部会は先住民族権利宣言草案をまとめ、これは現在国連加盟国によって討議されている。昨年、作業部会の成果として、国連に先住民族のための常設フォーラムが設置された。
もう一つ手段として頻繁に使われているのが、経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約、およびそれよりも一般には広く知られている市民的、政治的権利に関する国際規約の第一条である。第一条は次のように述べている。「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」。
先住民族は、この条文でいうところの「人民」(peoples)であると認めよと主張している。アメリカ合州国をはじめとする多くの大国は、先住民族集団を指すときにこの「人民」(peoples)という語を使うことに反対している。確かに、国際人権規約が起草されたときに念頭にあったのは、そのとき勃興しつつあった新しい国民国家であって、先住民族はその中に含まれていなかったというのが今日広く受け入れられている考え方だが、それでも国連ではこの点が激しい議論の的となっている。
ラテンアメリカでは米州機構(OAS)が先住民族の旺盛なロビー活動に応え、先住民族の権利に関する独自の宣言を起草し始めた。米州人権委員会のイニシャティブで起草された宣言案は2002年にOAS総会に提出される予定である。先住民族のロビイストたちはこれまでの宣言草案の討議においては前例のないほど自分たちの主張を反映させることができたが、先住民族に具体的な権利を付与することによって国家主権が脅威にさらされると考える多くの国の抵抗にあっている。アメリカ合州国は国内では先住民族に一定の自治を承認しているものの、海外の先住民族の自治を支持することについては、その姿勢はより不鮮明である。
同様の議論はラテンアメリカ各国内でも起こっている。国によって程度は異なるものの、先住民族は他の社会運動とともに、幅広い国民代表から成る憲法制定議会等を通じて関連する法制度に影響力を行使してきた。こうした法改正には、たとえば国家による多文化主義市民権の法律文言上の承認、それに対応する二言語教育への権利、そして伝統的権威や伝統的司法制度の承認などが含まれる。もちろん、あらゆる法的枠組みにおいてと同様に、先住民族の自決を保護する法律を実際に適用していくことには困難がつきまとう。
たとえばコロンビアの先住民族人口は全体のわずか3.5%であるが、具体的な先住民族の権利が1991憲法に確固として定められ、そこにおいては伝統的権威および司法制度が大幅に承認され、議会における先住民族代表枠も保証されている。しかし、先住民族が政府およびゲリラの双方からの自立を宣言すると、その両方から攻撃の標的にされてしまった。
先住民族の全国団体によると、昨年、365人の先住民族コロンビア人が暗殺された。地方の民事裁判所(Tutelas)は、たとえばウーワ(U'wa)民族がオクシデンタル・ペトロリアム社を相手取って起こした裁判ケースのように、先住民族の土地権を認める判決を下してきたが、その後国家がコントロールする上級裁判所によって覆されるという事態が起こっている。
政府が先住民族の権利要求に応えない場合、先住民族は抗議を継続するか場合によっては武装闘争に訴えてきた。抗議は通常土地占拠(先住民族の言葉で言えば土地の「奪還」)、あるいは伝統的な抗議手法を現代的文脈に適用した大衆蜂起の形をとる。たとえば、かつてインカの人々はスペイン人入植者の道路を石や木で封鎖することで知られていたが、これは今日アンデスの人々が用いている抗議手段である。
先住民族が自決の名の下に武器をとる場合も2、3例あり、とくに知られているのはニカラグアとメキシコである。ニカラグアではミスキート、スム、ラマの共同体が1980年代、左翼サンディニスタ政権に対して武装蜂起したが、その際レーガン政権から軍事的・財政的支援を受けていた。このようにアメリカ合州国がいくつかの先住民族を選択的に支援するのは、中米における合州国の反左翼戦略の一環であって、先住民族の主張を支持するという一般的方針からではない。
メキシコでは、チアパスを拠点とするサパティスタ民族解放軍(EZLN)がすべての先住民族の権利のために闘っていると主張している。北米自由貿易協定(NAFTA)が施行された1994年1月の最初の蜂起直後から、EZLNはメキシコ政府と交渉を行っている。サパティスタは現在では経済自由化反対運動のヒーローとなっているが、抑圧的な経済・政治状況に対して闘う先住民族共同体の中から生まれたのだ。しかしながら、NAFTAと結びつけたのは、不可欠な国際的支援を得るための戦術上のものであった。
何ヶ月にもわたるさまざまなセクター間での議論の末、幅広い支持を集めたサン・アンドレス合意が締結された。その後フォックス大統領は自治を含む広範な先住民族の権利を認める法案を議会に提出した。しかし、サパティスタが議会に圧力をかけるために2001年3月、画期的なメキシコ・シティ訪問を行ったときに民衆から強力な支持が表明されたにも関わらず、残念ながら、最終的に可決された法はきわめて弱いものになり、その後政府とEZLNの交渉は決裂してしまった。
先住民族の活動家は選挙戦略も追求し始めている。1980年代、ラテンアメリカ諸国で民主主義制度が定着していくにつれ、先住民族は選挙で選ばれる公職に立候補するようになってきた。しかしながら、先住民族の間では政党は先住民族の利害を代表せず、政府は植民地支配の延長でしかないという考えが広く浸透している。よって、選挙に参加することの相対的メリットについて先住民族内部で現在も議論が続いている。
1993年、ビクトル・ウゴ・カルデナスがボリビアの副大統領に選ばれると、先住民族運動は選挙戦略をとることによって得られる成果を再考し始めた。しかし、選挙で選ばれたリーダーが政党内で疎外されるという状況から、他の社会セクターとの連携を強めながらも先住民族を基盤をとした独自政党結成を目指すという戦略が浮上してきた。
1989年、チリで先住民族政党が結成されたのに続き、1993年にコロンビアでコロンビア先住民族運動が、1995年にエクアドルでパチャクティックが、1995年にボリビアでボリビア民族主権連合が、そして1997年にベネズエラでアマゾン多民族統一人民党などが結成された。
選挙による国政参加を通じてのみ市民権から利益を得ることができると考える者がいる一方で、選挙参加は自決の原則を放棄することを意味すると主張する者もいる。現段階で何らかの結論を下すのは時期尚早であろう。というのはどちらの戦略にもメリットとデメリットがあるからだ。選挙キャンペーンに参画した先住民族団体は、リーダーの多くを国家機関にとられてしまうという問題に直面する一方、選挙で選ばれた指導層が正当性を得ることにより、先住民族運動が社会への要求を提出するためのより強力な位置を確保することもできたのである。
新しい自決モデル
政治参加を通じてであれ、武装闘争を通じてであれ、先住民族はラテンアメリカ諸国内で一定程度の自決を主張する新たなモデルを発展させつつある。自決を求める先住民族の政治的要求は、個々の状況に応じて国政での代表権から自立(autonomy)および自治(self-government)まで多岐にわたる。先住民族が人口の多数派を占める場合が多いアンデス地域では、その要求は国政での代表権に傾く。メキシコでは先住民族共同体は地理的な意味でも他の意味でも周縁的な位置に置かれており、要求は自治地域である。
自決は、必要な経済的資源へのコントロールなしには不可能である。現在のような天然資源開発の仕方では、このコントロールはほとんど実現不可能だ。なぜなら、資源開発の恩恵は都市部もしくは外国の銀行のもとに入るのであって、資源が開発される地域に利益が再投入されることはないからだ。先住民族の権利要求のほとんどに、開発により影響を受ける共同体の地下資源への権利を認めよといった経済モデル変革の要求が含まれているのはそのためである。
提案されている解決方法が意味するものについて依然として議論は続いているものの、一般的にいって3つのモデルがある。憲法改正、多元的ナショナリズム、そして自治(autonomy)である。
(訳注・autonomyの訳語について。autonomyは一般的には自治と訳されるが、self-governmentと並列する場合は、self-governmentが狭い意味での自治(「地方自治」というときの自治)を指すのに対し、autonomyはself-governmentを含む、より広い概念であると解し、ここでは「自立」とした。ただし、それ以外のところでは文脈上「自治」という語が最も適切であると考える)
多くの先住民族活動家の目には、解決されなければならないのは実は社会の問題であるときに先住民族問題について語ることは間違いだと映る。先住民族政党の誕生、ラテンアメリカ各地での新憲法の制定、紆余曲折を経ながらも徐々に域内で浸透しつつある法の支配、そのどれもが現存する国家体制内で先住民族の権利を促進するための法的枠組みの確立という共通のモデルを構築するのにつながっている。
最近、先住民族の権利を盛り込むために憲法改正を行った国には、アルゼンチン(1994年)、ボリビア(1994年)、コロンビア(1991年)、エクアドル(1998年)、ニカラグア(1995年)、パナマ(1994年)、パラグアイ(1992年)、ペルー(1993年)、ベネズエラ(1999年)がある。メキシコの憲法改正、すなわち2001年先住民族権利・文化法は依然として議論を呼んでいる。
先住民族が追求する憲法上の権利には、とりわけ社会の多文化性の承認、二言語教育の保障、共同の財産所有権などが含まれる。多くの先住民族グループは独自の政治・司法制度のある側面を実践することも憲法改正案に含めており、程度の差こそあれこれも認められてきている。先住民族にとって現在の課題はこれらをいかに実施に移すかということである。
多元的ナショナリズムは、アンデス地域で生まれた用語で、社会の多文化性を政治上でも承認することを意味するが、先住民族の自決のもう一つのモデルになる可能性をもっている。これはとくにさまざまな先住民族グループ間の不平等を是正するのに役立つ(たとえばエクアドルではキチュアが運動をリードし、ニカラグアではミスキートがその位置を占める)。多元的ナショナリズムは地方分権の原則と同様の原則に基づくものであるが、既存の国民国家内で先住民族文化の生き残りに焦点をあてたものである。
ボリビアやエクアドルのように先住民族が人口の多数派を占めるような国では、先住民族の自決の要求は制度的に脆弱な国家にとってはとくに脅威となる。それでも、多民族国家という概念はこの地域の政治の中で急速に定着しつつある。事実、昨年アンデス諸国の大統領が一同に会した会合が採択した宣言には「アンデス諸国家の民族的多元性と多文化アイデンティティを認め、尊重する政治的戦略を今後も追求する」という一節が含まれている。
自治(autonomy)はきわめて重要なツールであるが、実際にどのように実施するかについてはモデルがほとんど存在しない。ニカラグアのケースは最も重要な実験の一つといえるだろう。ニカラグアの自治法は-1987年に制定され、先住民族ゲリラとサンディニスタ政権の間で和平合意の一環として交渉されたものだった-共同体との一連の協議をもとに作られた。
その結果生まれたのが、ローカルレベルの権威を尊重しつつも国政レベルの先住民族の代表権を保障するという分権的代表制モデルであった。しかし、誰が天然資源開発を管理するのか、共同体内および共同体間の境界の警察権力は誰にあるのか、という難しい問題については、結局先住民族リーダーの満足のいくようには解決されなかった。
先住民族の自治という同様の提案はグァテマラとメキシコの和平交渉の中でも検討されたが、その実施はどちらのケースでも阻害されている。メキシコでは和平交渉は決裂し、グァテマラでは提案は国民投票で否決された。ブラジルでは先住民族は憲法改正に参加し、先住民族保護区域とその区域を防衛する権利を勝ち取ったが、多くの場合それを実行に移す資源を欠いている。最も成功している自治の一例はパナマのクナであろう。
クナは1925年、合州国の非公式の支援を受けてパナマ政府に対して蜂起した。その後の交渉の結果、現在では独立のクナ議会がクナ居住地域全域において完全な自治権を掌握している。各先住民族の状況は独自であり、自治が実際上意味するものについてはそれぞれの国家の枠組み内で、また自治をモデルとして提案する先住民族内部において検討される必要がある。
憲法改正から自治の要求まで、現代ラテンアメリカにおける先住民族の権利保障を試みるさまざまな提案が存在する。自決が最も実際的な方法であるかないかは別としても、ここで検討している提案のすべてに通底しているものであるのは確かである。先住民族集団の独立と国民国家内での存在の間の微妙なバランスという問題は、今日のラテンアメリカ地域の政治的課題の中で最も重要なものの一つであろう。
合州国の政策への影響
合州国がラテンアメリカの先住民族の権利促進に真剣に関心をもつなら、きわめて大きな影響力を行使する方法はいくつもある。先に述べたように、地域内における先住民族の自決の要求に応えようとすればどのような義務を合州国政府は負うのか、ということがここで問題となってくる。現在の国務省の見解は、国内で先住民族の自治を尊重するように、世界中の先住民族の政治的権利を尊重するというものである。
クリントン政権から引き継がれたこの政策は現政権によってもOASに関係する国際交渉の場で維持されている。ワシントンの影響力は、合州国政府が先住民族の権利を定めたいずれかの国際条約、たとえば生物多様性条約やILO第169号条約(これまで14カ国が批准)、さらには国連先住民族権利宣言案などを批准・承認すれば一層高まるであろう。また、民族の多様性を尊重する各国の新しい憲法の枠組みを使って先住民族の権利を促進することもできるであろう。
域内で最も活発に展開している多国間開発銀行(世界銀行と米州開発銀行)は、先住民族に影響を与えるプロジェクトにおいては、これまでとは異なる開発アプローチが必要であるとするガイドラインを策定するようになってきている。さらにこれらの銀行は、先住民族がコントロールする資産を生み出すために特別の先住民族のための開発プロジェクトを提案している。
こうした政策は適正に運用すれば、地域に変化を起こす重要な手段となるであろう。これらのガイドラインを強化し実施するにあたって、合州国がこうした銀行においてもつ指導的立場が鍵を握ることになるであろう。最も重要なのは、域内で合州国が行うすべての経済的、政治的活動において先住民族の権利を尊重することによって、そして合州国の企業に同じ高い基準を守らせることによって、民主的多元主義の範を示すことであろう。
クランストン修正条項というあまり知られていない法律のおかげで、国務省は合州国が援助している先住民族の人権状況について報告する義務を負っている。こうした報告はあまり監視されておらず、通常、法が要求する最低限の報告基準を満たすように作成される。今年の報告書ではとりわけグァテマラ、メキシコ、エクアドル、コロンビアの先住民族に対し人権侵害が引き続いていることが報告された。もっと真剣にとりくめば、こうした報告は国際人権保障制度に対する責を果たす上で重要なツールとなるであろう。
ラテンアメリカの政治的・経済的発展の将来は、ますますもって、先住民族共同体によるコントロールの増大という要求と分かちがたく結びつくようになっている。大規模な先住民族の蜂起や、先住民族リーダーによる戦略的な政治的・法的運動は、政治的な排除のみならず、経済のグローバル化にも挑戦してきた。民衆に人気の高いラテンアメリカの政治指導者、たとえばベネズエラのウゴ・チャベスやペルーのビクトル・トレドは、先住民族の有権者の支持を受けて選挙に勝った。事実、トレドは先住民族のアイデンティティも主張している。
先住民族の自決の要求にどのように応えるかは国家の指導者にかかっている。これは、憲法で先住民族の権利を承認するという法的枠組みを通じて実現できるかもしれないし、国政に先住民族代表を設けることによって、あるいはさまざまな自治の形態を通して実現できるかもしれない。しかしながら、これらいずれのモデルをとるとしてもそれが成功するために最も重要なのは、政府がその国に存在するすべての民族グループを代表するだけでなく、どれに対しても同等に忠誠をもつのだということを先住民族に対して示すことであろう。
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*メリナ・セルバストン=シャーはワシントンDC在住のコンサルタントで、現在、先住民族に影響する多国間開発銀行の政策を監視する活動を行っている。コロンビア大学で政治学博士号を取得。
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*この翻訳は筆者の了承を得て掲載しました。
訳:藤岡美恵子 |