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電力のためのダム、灌漑のためのダム、開発のためのダム。ラテンアメリカのエネルギー計画に携わる者たちは、この地域の河川にダムを作るために、全ての可能な場所、そして考えられる限りの理由をつけてダム建設を行ってきた。そこには、米国のハドソン研究所(Hudson
Institute)によって作成された、アマゾン川とその支流にダムを作るという悪夢のような青写真さえある。それは核戦争が起こったあかつきには、世界中の人々がその沿岸に避難場所を求めることのできる一連の「五大湖」を作るという冷戦時代の計画のひとコマであった。
巨大なダムは、1960〜80年代のラテンアメリカにおいて権力を持っていた軍事独裁者たちの威容な記念碑となった。イタイプ(Itaipu)、グリ(Guri)、ツクルイ(Tucurui)、そしてヤシレタ(Yacyreta)といった悪名高いダムは、鉱山開発と製造業を拡大するための野心的な計画の中核となった。それらのダムは、また農村地域での「土地戦争」の犠牲者が避難場所を求めた、アスンシオンやサンパウロ周辺の拡大し続ける貧民街の裸電球を照らした。
地域の河川の多くが、こういった計画によって破壊され、死んだ湖の階段と化した。しかし軍事政権は、彼らの国庫に景気良くドルが流入する限り満足していた。その間にも、ラテンアメリカの海外銀行への債務は目もくらむような割合で増大した。世界銀行がよそ見をしている間に、やり手たちは数百万ドルで架空の鉄鋼やセメントを取引し、首尾良く上院議員や大統領となった。そして、次の無駄な計画のためにさらに多くの借金をしたのである。東京やオスロの設備提供者と技術顧問たちは、自分たちのサービスを売り歩き、公務員たちに協力への感謝の印として会社名の入っていない封筒を手渡していた。
ヤシレタダムは100億ドル、イタイプダムは200億の債務となった。ブラジルの巨額な債務の少なくとも40%は、電力部門への投資がかさんだものである。独裁者たちはそれらの債務の支払日にはもう自分たちはその責を負う立場にはいないことを知っていたに違いない。
何百万という人々の土地がダムの底に沈み、人々は強制的に移住させられた。
たいていは農村に住むこれらの人々は生計手段を奪われ、食料が底を尽き、地域の水が汚染され、いわゆる「開発のエンジン」と呼ばれるものによって更なる貧困へと突き落とされた。地域のダム建設全盛期の衝撃的な映像は、無慈悲なスクラップブックとなる。増大する水の中で泣き叫ぶ猿たち、そして数百万ヘクタールの熱帯雨林とその他の貴重な生態系がよどんだ黒い水の中へと沈んでいく。また、その地域に古来から住む先住民族はみすぼらしい移転キャンプへと引き立てられ、魚は仰向けになって浮遊し、雇われた殺し屋はダム計画反対派の人々が通りで抗議することを妨げる。
反対派は数々の事件の中で沈黙させられ、容赦なく潰される。グアテマラではチショイダムの反対派は殺された。パラグアイではヤシレタ貯水池のそばに一時凌ぎの小屋を建てた人々を警察がこん棒で殴り倒した。コロンビアではダム反対派の人々への弾圧が現在も続き、先住民族のリーダーが残酷に殺害されている。
ダム建設に湯水のごとくお金をつぎ込んだ時代が終わると、社会は巨大なダムによって引き起こされる問題に気付き始め、ダム建設が地域が苦しんできた政治的抑圧の象徴であると見るようになる。そして恐るべき事実、つまり最終的には彼ら自身がそのツケを払うのだということに気づくのである。ラテンアメリカの民主主義の芽は、カヤポの女性戦士がアルタミラの電力会社の役員の頬になたの刃を振り下ろす姿や、ブラジル南部で何千という農民達がダム建設地や電力会社の事務所を勇敢に占領するテレビの映像からも鮮やかに示された。
現在、環境規制によってダム建設の審査は以前よりも厳しくなっている。それゆえ建設コストがより高くなった。義務付けられることになった公聴会に地域社会は結集し、多国籍企業や国内の経済団体が彼らの水資源を占有することに対して反対する。
今日、ダム建設を推進する独裁者の業績と彼らの巨大な送電網は売りに出されている。世界中の会社が、政府の電力会社を買い取ることに興味を示しているが、それは政府が引き継ぎの会社に出資金を出す場合のみにおいてである。ブラジルの電力部門の「民営化」にかかる費用の約38%は国立開発銀行の資金提供による貸し付けである。
今日、1980年代からのダム建設が計画から何年も遅れ、数十億も予算をオーバーして完成されるにつれ、ダム建設者たちは過去の間違い―実施されなかった調査、完了しなかった再定住計画、不十分な計画のもとに建設された貯水池―から学んだと述べる。しかし依然として巨大ダムは、政治家たちが「彼らの」建設した土木工事の規模により票を得ている地域において、政治的、経済的権威の最も明らかな象徴として存在している。
そして本号の記事が証言するように、巨大ダム建設はこの地域で推進され、計画され、建設され続けている。産業アナリストによると、ラテンアメリカの水力発電をリードするのはブラジル、ベネズエラ、そしてアルゼンチンである。
マイナス成長にもかかわらず、電力部門の計画者たちは実体のないエネルギー危機と停電の危険性を、巨大ダム建設時代へ戻ることを正当化するために言い続ける。彼らは次のダム建設の生け贄として、人口集中地から何千キロも離れた未開発地域の水系に目星をつけている。
ラテンアメリカの国々は、自国ではもはや水力発電技術を売ることのできない北のダム建設企業に肥沃な土地を残している。北の国々では、大きな川にはすでにダムが建設され、環境意識の向上によって巨大ダム建設への支持は凋落した。ボリビアのように必死で輸出歳入を得ようとする国は、ちょうどパラグアイが1980年代に「南米のクウェート」になると自国を売り込んだように、現在、電力植民地として近隣諸国に水力発電による電気を売ることを始めている。
巨大ダムの利益とコストに関する激しい国際的議論はまだラテンアメリカの意思決定者の元に届いていない。しかし議論は拡大しており、初期からダム建設に反対していた漁師や先住民族の人々に加え、現在では自分達もまた、きれいで健全な川に依存していると気づいた都市住民たちも参加しているのである。市民団体は産業社会の言う、ダム建設は経済と社会の発展を進めているのだという主張に対抗し得うる技術的知識を学び始めた。
これからのダムをめぐる闘いの多くは、地球にとって重要だと認識されている壊れやすい生態系をめぐるものになるだろう。それはまた、自らの憲法上の、また法的な権利に気づき始めた先住民族や、先祖伝来の土地を動かないと決心したその他の伝統的な人々をも巻き込むのである。これらの多くのダムをめぐる闘いは未だ活動家や新聞記者のレーダーにのってはいない。しかし今後これらについてもっと頻繁に耳にするようになるだろう。私たちは本号で、今後起こってくるダム論争のうち最も差し迫ったものを、これからの闘いの最前線に立つであろう活動家のコメントとともに紹介していく。
これらのダムをめぐる闘いは現在問題視されているダム計画に対して、より良い代案―ラテンアメリカの未来における新しいエネルギーのための基礎となるであろう情報―に光をあてることだろう。次の経済危機の訪れが緩慢になっている現在、南米大陸はその建設計画を変え、発電のための巨大ダムへの依存から離れていく機会に遭遇している。多国間貸付機関が推進している巨大ガスパイプラインネットワークが再生可能なエネルギー時代への掛け橋と成り得るが、真に再生可能な未来の実現を早めるためにはもっと多くのことがなされなければならない。
反ダム勢力は破壊的な河川事業への対案を求めて闘うことで、それを自らに相応しい仕事としていくだろう。大陸の強烈な太陽が照りつけ、強い風が未開発の沿岸平野に吹きすさぶにもかかわらず、地域のエネルギー専門家は、実現可能な新しい代替エネルギー資源の発見は未だ何年も先であると述べている。そしてラテンアメリカ政府は今ようやく、エネルギー需要、とくにエネルギーを貪欲に消費する産業のそれを抑制しようとし始めているのである。
もっと良い道がある。そしてそれを実行すべきときは今なのだ。民営化の時代に、巨大ダムは多額の公的補助金なしではさらに難しいものとなってきている。ダム建設に注がれる資金のわずかな部分を投資するだけで、ラテンアメリカの政府と国際援助機関は、地域の川と空気を守るエネルギーに向かって道を拓くことができるのである。
*この文書は国際河川ネットワーク(International
Rivers Network)の許可を得て翻訳、掲載しました。
原文はhttp://irn.org/programs/latamerica/back.shtmlに掲載されています。
翻訳:川崎弥智都・吉田奈津子
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