「プエブラ=パナマ計画」と中米-グァテマラの先住民族

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グァテマラの社会発展と生物多様性の重要性(4)

4.4 寡占、地政学、そして生物多様性

 植民地主義国家の領土拡大が始まった18世紀末以来、貧しい国々の天然資源に関する調査が重要性を持つようになり、世界各地の熱帯地域の秘められた資源価値に関するデータが入手できるようになった。著名な科学者、リンネ、フンボルト、バビロフ(注・ロシアの生物学者)たちの調査は、大国が、いわゆる世界分割によって自らの利益を確保するために利用されたのである。

 現在も行われている世界分割とは、資源を保有している国々自体は何の利益も受け取ることのできない状況を言う。「科学」調査団は、調査を行うのはもちろんのこと、遺伝資源の「標本」を持ち去り、それを元に、後に遺伝資源は操作され、特許を取られ、商品化されるようになる。スタンレーなどによって考案されたグァテマラの植物界の調査は、その将来性に期待を寄せる多国籍企業の資金提供を受けることとなった。

 1971年、世界銀行は、国際農業研究協議グループを創設する。これはそれ以前にロックフェラーやフォード財団などから支援を受けていた国際トウモロコシ小麦改良センター(メキシコ)、国際熱帯農業研究センター(コロンビア)、国際熱帯農業研究所(ナイジェリア)、国際イネ研究所(フィリピン)などの農業研究における国際的中心機関に財政支援を行うことを目的としていた。

 1974年、国際農業研究協議グループと国連食糧農業機関(FAO)が、ローマに本部を置く国際遺伝子資源委員会を設立する。この機関は近い将来、食糧問題が国際システムで支配力を持つ政治的なカギになると考え、遺伝子研究に基礎を置くことを目標としていた。 1973年、米国のニクソン政権が、国際遺伝子資源委員会の役員会に向けた手紙の中では「遺伝資源を自由に利用できる権利を、時には数ヶ国から奪わざるを得なくなるかもしれない」と書かれている。(Rompczy、1992年)

 遺伝子工学・バイオテクノロジーが誕生し、産業諸国は生命を特許化するという方法を生み出した。その結果、遺伝子、植物、動物、微生物は、おそらくは調査・研究費用の回収といったような理由から、私的利益のための知的所有物になってしまったのである。これはつまり発展途上国が自国の生物資源に対して高い費用を払わなければならないことを意味する。これは、「遺伝資源は人類の財産であるから自由に利用できる」との認識のもとで産業諸国が推進していることに反している。

 ここで言われている遺伝資源とは天然資源であり、人間によって改良されたものではないことは明らかである。こうした状況が熱帯地域の豊かな遺伝資源がなぜ略奪され続けるのかを示しており、農業・薬品などに使われる種子はいうまでもなく、天然資源を遺伝子操作して生産された品種に対するアクセスも制限されているのである。

 1993年、米国のバイオテクノロジー関連会社、アグラセタス社から前代未聞の要求がなされた。その内容は、品種の獲得方法如何に関係なく、遺伝子工学によって得た綿花のあらゆる品種に特許を与え、それを幅広く保護しよう、というものだった。同年、米国では遺伝子組換え動物に対する180件の特許申請が認可待ちの状態にあった。(FAO、1993年)

4.5 グァテマラと生物多様性

 貧しい国々に蔓延する社会・経済・政治的問題は、生物資源の保護対策の計画と実行を妨げている。その結果、グァテマラの自然は、何の対策も講じられずに急速に減少している。貧困、非識字、失業、暴力は、グァテマラのような国々において未解決の深刻な問題となっている。ましてやそうした国々では、生物資源の調査や保存、回復に貢献するような(政府の)イニシアチブは期待できない。さらに、解決できない社会問題が、農業や輸出用家畜のために使用されるべき森林地域の減少を引き起こしており、その減少の割合は1年で600平方キロ近くにまで上り、多様な資源の活用を不可能にしているのである。

 グァテマラ政府は、様々な社会問題を解決しようと多岐にわたる政策を行ってはきた。しかし、生物資源保護の観点から言えば、政策は破滅的なものだった。例えば、政府の融資政策は、農業・牧畜地域での自然林伐採を助長する支援はするが、森林保護のための対策は組み込まれていなかったのである。

 土地を追われた人々の再定住という最も重大な問題に関して言えば、これは基本的に人口が少ない地域で起こる問題である。その地域とは、森林地帯(注・北部ペテン県、アルタ・ベラパス県など)である。農業や牧畜のためのこの地域の開墾は結果的に大部分が森林に適した土壌である森の生態系を、農業の生態系と取り替えることになる。そこでの深刻な問題は、自然資源の持続的利用のために必要な技術的財政的な支援が与えられないまま再開発が行われている点である。

 農業経済活動の振興によって、グァテマラはコーヒー、綿花、食用肉、砂糖やバナナなど、中米のあらゆる(訳注・「モノカルチャー経済」の)伝統的輸出作物を生産している。その一方でグァテマラは、「南」の国々の多くが直面している森林破壊、土壌や鉱脈の状態悪化、農薬の乱用、汚水、野生生物の消滅、都市への人口大移動といった深刻な環境問題に苦しんでいる。

 グァテマラにおける「非伝統的」農業とは、技術的には、1980年まで外貨収入を支えてきた輸出農産物のわずかな品目リストに含まれないすべての農産物栽培のことを指す。ところが、数十年前から「非伝統的」と考えられてきた果物や野菜が多く生産されるようになってきた。つまりこの言葉は、1970年代初頭に始まった輸出作物の多様化を目的とする、外国の足並みをそろえた努力により導入された農産物品目の栽培を意味しているのである。

 この作物多様化によってメロン、中国えんどう、ブロッコリー、その他の野菜・果物・花・根菜も多く栽培されるようになった。野菜の栽培に必要な耕作周期は短いので、1年に3〜4回栽培を繰り返すことが可能である。伝統的農産物を栽培する土地では、一般に3ヶ月またはそれ以上の期間、休耕状態が続いていた一方、非伝統的農産物は土地をより集約的に使うことが必要だったので、有機物や土地の肥沃さが急速に失われることとなった。

 さらに、非伝統的輸出作物の導入が生産作物の多様化をめざしていたのに反し、実際にはこれらが生物多様性を危機に追い込んでいる。生物学的に見ると、中国えんどうの畑は、トウモロコシ畑の伝統的な農地よりはずっと多様性に乏しい。このような現象は、日よけや薪に使われる木に加え、薬草、(guicoy)、インゲン豆、唐辛子や桑の実など、およそ20種類の植物に起こっている。

 生物多様性の損失が最も顕著に現れている場所は森林である。そこでは存在する種の大部分が危機に瀕している。ここ20年で、森林は農業、牧畜業のためにおよそ200万ヘクタールの土地を失ってきた。その内71%は、土壌の性質が考慮されることのないまま農業、牧畜業のために伐採されてしまった。この影響はアルタ・べラパス県、イサバル県、キチェ県、ウエウエテナンゴ県などの北部地域で顕著に現れている。

 農業に加え工業も生態系を汚染する物質の排出によって、生物資源を危機に陥れている。例えば、首都の周辺には341の工場、125の入植地があるが、そこから出された廃棄物は湖に流れ、その結果放出酸素の減少や生物の大量死などを引き起こしている。アマティトラン湖には国内の汚水、そしてミクスコ、カナレス町、ヌエバ町、アマティトラン、ペタパや、特にビジャロボス河流域の町村を含むグァテマラ市の都市部の農産物加工工場から出される汚水のおよそ20%が流れ込んでいる。

 生物多様性が急速に危機に直面するようになったもうひとつの原因としては、無計画な都市開発や公共事業、また住民が社会経済的・教育的に低い水準に置かれていることによって引き起こされる環境問題などがある。これはグァテマラ市や発展途上国のその他の都市においての特有の問題である。最近の調査で、大都市圏では森林が全体のたった2%しか存在しないことが明らかになった。こうした森林伐採の原因の1つには薪の消費が考えられる。人口の27%の人々、そして特に周辺部に住む住民(59%)が、調理に薪を使用するからである。この消費によって緑のある地域や、それに隣接する峡谷の森林の破壊が進行している。

4.6 生物多様性保護のイニシアチブ

 グァテマラ社会は、未来世代との妥協によって、生物多様性保護の責任を果たすことができる。しかし、国内の生物資源を研究し、保護し、再生させ、利用する責務は、グァテマラにとっての妥協である一方、世界中の人々にとっては気がかりなことである。世界各地で生み出される、倫理的、文化的、物質的、環境的富の恩恵は、あらゆる国に暮らす現世代と未来世代の人間で分かち合われねばならないからである。だからこそ、生物多様性の保護は国や国際協力に課せられる責務である以上に、実際には地域に生きる人間に課せられているのである。

 まず個人としての側面、つまり地域に生きる人々の面から見ると、人々が生活し働く空間は、生物資源が使われ、活用され、乱用されている場所だということがわかる。個々人や共同組織は何世紀にもわたり生態系に適合した伝統的慣習によってグァテマラの生物資源を保存し改善してきたことを明らかにしている。その成果が現在国内にある多様な遺伝資源として残っているのである。

 農業近代化により、生物界の遺伝子侵食、昆虫による作物損傷、土壌侵食・汚染、農薬散布、農村と都市間の社会的対立の深まり、などが引き起こされたからといって、農業が絶望視されているわけではない。なぜなら有機農法が生まれたからである。しかもそれは一連の文化的な技術や習慣にとどまってはいない。土壌整備や肥沃化、様々な栽培法の結合、動物と植物の共存など、農民の経験や知識が崇敬され活用される、バランスの取れた公平で人間的な農業のあり方が生み出されようとしているのである。

 有機農法は農学、経済学、生態学、社会科学の観点を組み合わせた生産システムといえる。そのシステムの中では、動植物の多様性と同時に、土壌の肥沃さや良好さを維持するために自然肥料が用いられ、それにより生物保護が促進され、結果的に環境からの影響を受けにくくなる。

 有機農法は国中に散在する様々な生産者グループにとっては、今では当たり前のものになっている。彼らは近年国内市場で高品質の農産物の提供を始め、さらに国際市場にも初めて進出した。生産者たちは自然環境のことを考え、汚染をもたらさない技術によって高品質の農産物を作ろうとしている。さらに、太陽エネルギーや肥料の循環利用を多用し、外資投入を減らし、土壌の肥沃さを維持・向上させ、生物多様性や高く評価され保存・促進されているローカルな資源を維持し、活用している。

 伝統的にグァテマラ先住民族の地域共同体は、生き残るために、また食糧や共同体の維持に貢献してきた衣服や薬品、装飾品、その他多くのものに数多くの動植物の品種を利用してきた。こうした先住民族の共同体的慣習に対する科学技術的また政治的社会的でもある様々な逆境にも関わらず、このようにしてきたのは、共同林と命名された集団で使用する森林資源を保存するためだった。

 近年、国家レベルで何ヶ所かの地域を保護しようという試みがなされてきた。しかし、まだ保護地域に対する一貫した政策は確立していない。好意的な見方をすれば、保護地域の数はここ4年で拡大したと認めることができる。その4年間でおよそ224万ヘクタールが法的に保護地域として宣言され、さらに43万2千ヘクタールが保護地域に承認されようとしている。つまりこの期間で保護地域は267万ヘクタールにのぼったのである。

 国際的レベルでは、生物多様性の保護・研究・利用のために様々な政策や技術プログラム、財政協力が確立され、合意された。(付属文書を参考のこと)

5. グァテマラの社会発展における生物多様性の重要性 

 生物多様性とそれを成り立たせている要素は、生態学的、遺伝子学的、社会的、経済的、科学的、教育的、文化的、再生的、美学的な価値を持つと同時に、固有の内在的な価値を持っている。固有の価値とは、植物、動物、微生物が人間によって決められた価値とは別に存在しており、それぞれが固有の権利を持っている、ということである。

 グァテマラ社会の特有のケースであるが、生物多様性は人々の物質的ニーズを満たす最も重要な供給源となっている。国内に存在する種は、食糧や多くの薬品、工業製品の原料となっている。

 食料供給源として多くの野生品種は、農村地域での日常食の基礎をなしている。フダンソウ(アカザ科)、桑あるいはマクイ(ナス科)、ヒョウタン(ウリ科)、[loroco (Fernaldia pandurata)]、カブ[(Brassica rapa)]、[Quixtan (Solanus wendlandii)]、[quilete (Cardamine fulcrata)]などがその例としてあげられる。

 遺伝子が多様であることの重要さは、農業の中で明らかになっている。何世代にもわたり農民たちは、非常に複雑な環境下で生産を維持し向上させるため、耕作や牧畜における遺伝子の多様性に依存してきた。農業や牧畜に関係する品種は、気候の変化、肥沃さの度合いが大きく異なる様々な土壌、生物の個体数の無限の多様性やその他多くのものに影響を受けている。

 工業や伝統的農業いずれにとっても、生物多様性は欠かせない。同時栽培という伝統的栽培法において、トウモロコシやインゲン豆、ウリなどの品種は、不作の可能性を減らすために必ず多くの品種とともに種をまかれた。こういったシステムは後進的であるどころか、むしろ土地利用、生物多様性の保存や回復に対して有効である。このシステムはこれからグァテマラやその他の多くの発展途上国において持続可能な農業の支えとなり続けるだろう。

 農業栽培に関わる動植物界や微生物の多様性は、昆虫の生命管理に見られるように、複合核ウィルス([VPN])や[B.thurigiensis]、多種多様な寄生虫、つまり[Trichogramma]種や[Encarsia]種といった他の生命を管理する役目を持つ生物の温床である。他国の生産者たちは代替的生産システムに移行することで救いを得ようとしている。そのシステムとは、つまりグァテマラで既に発達して取り入れられているシステムのことで、その中では同時栽培が行われ、有機農業システムを支えそれを可能にするような生命管理の役目を担った生物が取り入れられている。

 産業化した農業においては、生物多様性の価値は簡単に数量化できるようになった。そして、商業向け品種の遺伝子改良を行うクリオーリョの栽培法から生み出された遺伝子により生産性が向上した。

 生物多様性は生態系の安定性や、かつては広く認められた環境適合性を高める。多様性がほとんどない森は山火事のダメージを受けやすく、森自体に大きな傷を与えるくらいまで昆虫の個体数や植物病が増えやすくなっている。クチュマタネスにあるアカマツの原生林の場合は、幅広い多様性を持った森林より、マツゾウムシの影響を受けやすい。(Castaneda、1980年)

 多様性を持った栽培法よりもダメージを受けやすい単式農法の場合でも同じことが起こっている。そのため単式農法は、栽培を維持するために多額の資金投入に頼らざるを得なくなっている。

 このほかの活動においても、生物多様性は社会発展の物質的な面において重要な役割を担っていた。例えば、薬品や薪の使用、樹脂の抽出、建築や手工芸品の材料、狩用動物の使用などにおいて必要とされていた。

 世界は食糧のためだけではなく、現代医学や薬学のためにも野生の品種を必要としている。米国で処方される薬の4分の1は植物から抽出された活性成分を含んでいる。また、(ペニシリンやテトラサイクリンを含む)3千以上の抗生物質は微生物から作られている。つまり薬品は、植物や微生物の保存にかなり依存していることになり、製薬産業の未来もまだ完全には解明されていないが優れた治癒力を持つ物質の使用権の獲得如何にかかっている。これらの資源への依存は、多くの植物から様々な基礎化合物が発見されるグァテマラのような国々に対する依存をも意味している。

 植物から生成された薬は製薬産業にとって重要であるが、そのほかにその薬からの恩恵を受けている人々がいる。それは辺境地域に生活している人々である。彼らは様々な動植物の種に関する知識を守り発達させてきた。伝統医学に対する敬意は世界中で高まっており、現代文明においても生物多様性の医学的価値は容易に感じ取ることができる。

 生物多様性は文化的多様性と関わりがある。グァテマラの様々な先住民族は生活環境との特別な関係を維持してきた。同時にその生活環境から影響を受けてきた。特定の動植物の利用やシンボル化は、様々な時代に行われてきたマヤの習慣に裏付けられている。例えば、古代には彼らは、宗教的儀礼の中で香りのあるものを作りだそうとコーパル(プロチウム・コーパル)のような土地固有の植物の樹脂を利用した。こうした動植物との関係により、文化的・道徳的・宗教的価値観が形成された。その価値観は今日でも維持されているマヤの自然概念に反映されている。

 生物資源や生態系は、近年、経済にとって重要な分野となってきた観光産業の発展においても重要な基盤となっている。

 生物多様性は有益な効果をもたらしている。例えばそれは汚染の影響の緩和、肥沃な土壌の維持、小気候の調節、水の浄化といったことに現れている。そのことから、「首都の緑地帯」と命名された計画を作成することがいかに重要かがわかる。この計画はまだ具体的ではないが、首都においてだけでなく、各地方の行政中心地においてもこれが必要であるということは間違いない。

 生物多様性の間接的な価値を数量化するのはきわめて困難である。しかし、少なくともその間接的な価値が、生態系が果たす一種の役割や貢献といったものを含んでいる点を考えれば、直接的な価値と同等に重要であることがわかる。例えば河口沿岸の破壊は、商業漁業やスポーツとしての漁に多額の損失を国にもたらすこととなった。さらに重要なのが、生物多様性の数量化することのできない「選択の価値」である。これは人類が獲得することのできる様々な品種に秘められた利益のことを指している。

 グァテマラの生物多様性は、農業や工業にとっての重要な遺伝子資源やそれに適した生産環境を提供するという点から、経済のグローバル化において相対的な強みとなっている。多種多様な遺伝子、品種、生態系は、現在、また未来に求められるであろう物を提供するために利用される一種の道具的手段である。正確に言えば、グァテマラ社会にとっての一番の利益は、現在は未知の秘められた自然の力をこれから先活用できるという点にある。

翻訳:笠井拓・中野憲志 


<訳注>文中、植物名などの訳については出来る限り翻訳チームで調べましたが、どうしても分からないものもありました。お詫びします。また訳語を御存知の方、是非ご一報下さい。