カロリーナ・サンチェス日本スピーキングツアー

3月23日: 東京セミナー

先住民族女性と「エンパワメント」

於:松本冶一郎記念会館

白鳥佐紀子(記録)

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1) 藤岡美恵子(IMADRグァテマラプロジェクトコーディネータ)挨拶

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2) カロリーナさん講演

 こんにちは。今日という日を皆様とご一緒できて非常に嬉しく思っています。私にとって東京への訪問は初めてであり、非常に重要なさまざまな経験をしていると感じます。これまでに大阪、札幌などを訪問し、いくつかの団体、組織と会うことができました。いろいろな人々が私によくしてくださり、温かく迎えてくださいました。それは私にとって大きな喜びであり、私が国に戻った後も、この経験を私の周りの人々と分かち合っていきたいと思っています。

 今回の訪問の一番の目的は、私の国グァテマラの、特に先住民族の経験、その中でも特に先住民族の女性が経験してきたことを皆さんと交流して分かち合うことにあります。

 私たちは非常に困難な状況に直面してきました。その中にはスペインによる侵略があります。また37年間にわたってつづいた内戦もあり、これが不平等や差別といった面で多くの影響を与えることになりました。私たちは多くの差別を受けてきました。言葉、衣装、仕事などが社会全般で受け入れられていません。給料は男性よりも低く抑えられ、女性の仕事の重要性が認められません。

 学校に行ったからといって学べるわけでもありません。スペイン語でしか教えてくれないのです。先住民族の非識字率は高いものです。農村には二言語教育を行う学校がありませんでした。私は7歳から小学校に通いましたが、村を離れなければならなかったので続けることができず、8年間学校から離れました。

そして98年に必要性を感じてまた学校に戻りました。通信手段や交通手段の不足が勉強を続けられない理由です。早朝に家を出なければならず、雨季には道が泥だらけで移動が非常に困難になります。ラジオも不足しています。あったとしてもメキシコのもので、自分の国の情報を入手することができません。

 また極度の貧困が存在しています。他のところへ出稼ぎにいかなければならず、メキシコのチアパス州や、最近ではアメリカに出稼ぎに行きます。戻ってくると他の文化を手にして戻ってきます。それは麻薬であったりアルコールであったりするので、国の貧困をさらに悪化させているようにも思えます。私も子どもの頃から、家族の病気で戻ることになるまで、生活を助けるために出稼ぎをしていました。父は一時アメリカに出稼ぎに行きました。私は地域の若者が活動する重要性を認識するようになりました。

 今まで困難の連続でした。先住民族の女性であることでさまざまな不平等を被ってきました。先住民族であること、女性であること、そして貧困という複合差別です。1997年からこの活動をしたことで、家族との関係でも困難を経験するようになりました。村から出て活動に参加するのは難しいし、さまざまな団体や機関が私の提案やアイデアを受け入れてくれません。しかし困難やひどい扱いにも関わらず、私はこの運動が村にとって非常に重要だと思っています。

 政治も危機的状況ですし、物資も不足しています。勉強を続けるのは難しいです。今年の初めにデモが起こりました。教育に関わる人々が給料アップを求めて起こしたものですが、政府は受け入れようとはしていません。私は、この影響で、国を離れてこのスピーキングツアーに参加するための許可を得るのが困難でした。学校では、教師、指導部との関係で困難に直面しました。

 校長や教師はすべて自分たちで決めてしまおうとします。私たちの提案を受け入れようとせず、決めたことを押し付けてくるだけです。多くの場面で先住民族の女性に伝統的な衣装ではなく制服を着るよう強要しました。先住民族の生徒は農村から来るので往々にしてスペイン語を喋りません。そのことで他の生徒にからかわれることもあります。支配階層のラディーノは、先住民族を劣った存在とみなしているのです。

 和平合意が成立してから、さまざまな場面で小さな変化が見られるようになりました。その1つに、女性がいろいろな場面で社会の活動に参加するようになったということがあります。

 大統領選挙や各市町村レベルでの首長選挙で、多くの女性が参加するようになりました。和平合意の後に、多くの女性に対して、有権者としての登録を行い選挙をするための書類が整備されたので、女性が選挙に参加できるようになったのです。

 また、選挙に限らず、多くの社会的・政治的・文化的イベントにおいて女性の参加が見られるようになりました。ただ、それはまだ低い水準にとどまっているように感じられます。というのも、女性に対する権利・平等などの問題に取り組む組織は存在してはいるのですが、国のすべての地域においてそれらの知識を届かせることが現状ではまだできていません。

 和平合意の内容やそれに関連して成立した法律の内容が国の隅々まで知らされていないのは、一つには、これらの活動に取り組んでいる団体・組織自体の数が不足しているということがあり、またどの団体も予算が不足しているのです。

 またもう一つの原因としては、村と村との距離が離れているということが挙げられると思います。このことは、和平合意やそれに関連した知識を普及させようとする組織や団体が、1つ1つの村にまで到達するのを非常に困難にしています。また、村の中で、これらの組織の活動に参加したいと思っている人々が参加するのをも困難にします。結果として、これらの情報はなかなか1つ1つの村にまで届かないということになってしまっています。

 私の場合も同様で、1997年から人権に関する研修、能力強化のワークショップにたびたび参加していますが、そのためにはサンマルコス県の県庁所在地にまで出向かなければなりません。深夜の1時か2時頃に家を出て、それから6、7時間歩いて最寄りの町まで出て、そこからバスに乗って5、6時間さらに行かないといけないのです。また、バスで行く道の状態も悪く、このような状況ではなかなか情報や知識が1つ1つの村にまで届きません。

 以上が、私たち先住民族の女性が置かれている状況や歴史を簡単にまとめて話したものです。私たちは非常に長く苦しく困難な歴史を持ち、他人とそれを分かち合うことはしばしば困難だと感じます。特に私たちは差別や貧しさを肌で感じて生きてきたのであり、それらのことはなかなか他者と共有するのが難しいのです。しかしそうではあっても、私たちのこと、特に農村での生活がどのようなものであるかを知ってもらうのは大切なことだと思っています。

 お越しいただき、私の話を聞いてくださったことに心から感謝しています。ありがとうございました。

3)質疑応答

Q. 和平合意の後に女性が政治に参加するようになったという部分を詳しくお聞きしたいのですが、それは女性が立候補するようになったということなのでしょうか。また選挙に女性や先住民族が立候補しにくいというような状況があるのかお聞かせください。(女性)

A. 状況は厳しいと言わざるを得ないと思います。国会議員に選出される女性の数は依然としてごく少数ですし、全般的に女性の参加があまり重視されていません。特に政治の場面ではその傾向が強いと思います。村や町のレベルであれば選挙で選ばれる女性が増えていますが、県のレベルに上がるともう難しくなってくると思います。県レベルになると依然として男性が実権を握っており、その意識改革はなかなか進んでいないという実感を持っています。

Q. プエブラ=パナマ計画という政府主導の計画が提案されていますが、カロリーナさんのコミュニティに直接的な影響を及ぼしていますか。また、及ぼしていないとすれば、関心があるか、また知識や情報があるかを教えてください。(男性)

A. その計画が提案されていることは知っていますが、まだ直接的な影響はありません。さまざまな提案、議論も間接的なものに留まっています。

Q. スペイン語を話せない子供がいじめられるということがドロップアウトの原因となったりもするのでしょうか。(同男性)

A. 現在、大多数の子供が12歳までに学校を辞めます。小学校で2、3年学んで読み書きを終えた後にドロップアウトすることが多いです。働くためという理由もあります。

Q. 教師、指導部との対立とは具体的にどのようなものでしょうか。(女性)

A. 生徒と教師との関係は難しいです。私はいろいろな団体で活動した上で学校に行き始めたので、教師としては扱いづらかったのでしょう。私は自分に関わることを自分で決めるからです。たとえば制服の制定が問題になったときに、制服を着なくて済む別の方法を探したいと思いました。パレードがあると、生徒を教師の望む形で参加させようとして対立が起きました。結果としては、言われた通りではなく自由に参加することに成功しましたが。

Q. マヤ女性の性暴力を追求する活動から勇気をいただいた者です。自分たちのコミュニティの将来のために今、種を蒔く活動をされていると思いますが、その内容をぜひ教えてください。(女性)

A. 質問の意図を正しく汲み取れているかわかりませんが、お答えします。公立の学校では、同じ民族の先生が必要とされています。私の場合はマム語で教えてくれる人です。従来はスペイン語で教わっていました。私は小さい頃からスペイン語で教わっていたので、改めてマム語を学ぶのに困難を感じます。マム語で勉強するようになると今後変わっていくと思います。

また、IMADRの支援により、さまざまな村から若者が参加するようになりました。中学校を終了しただけでしたが、支援してくれるということでその先の勉強ができるようになりました。しかし、プロジェクトが小さいため、実施できる場所は限られています。

Q. グァテマラでの多国籍企業の動向を教えてください。(女性)

A. 外国の工場は多いですが、首都の都市部に偏っています。砂糖・アルコールの生産者に外国のものが多いです。

Q. 1995年の選挙で先住民族女性のロサリーナ・トゥユクが選ばれましたが、その後どうなったでしょうか。(同女性)

A. チマルテナンゴ県で活動をしています。しかし、先住民族を守るための人権オンブズマン事務所の存在を知らせようとすると彼女ら自身が脅かされます。容易に意見を表明することができず、活動に対する脅威が存在しています。

Q. 女性のエンパワメントに興味があります。女性のことは母として語られることが多いですが、私は「母」として考えることに共感できないことがあります。母として活動する女性の状況について、直接的でも間接的でも構いませんので教えてください。(女性)

A. 私の国では多くの場合、女性は子どもを産むだけの存在、言うなれば再生産の機械のように見られています。家にいて家のことだけをやっていて外に出られないということは多々あります。また、母になった女性が他の人々と集まっただけで夫に離縁され、その後子ども4、5人を抱えて格闘していかなければならないということもよく見られます。

私たちのような若者でも難しいのに、ましてや別の責任がある妻や母である女性の参加を求めるのは難しいです。ほとんどの場合夫の許可が下りません。子供や夫を残してワークショップに参加するのには多くの努力が必要です。

たとえば自分が長い間家を離れていたら大切な植物が枯れてしまったというのと同じように、帰ってきたら子供がいなかったというのは非常に悲しいことです。私自身はまだ結婚しようとは思っていません。教育を受けている最中であり、結婚したら学校を辞めなければならないからです。ここまでもかなり多くの犠牲をはらってやってきたことですので、今のところはそうしたいとは考えていません。