グァテマラ先住民族女性

日本スピーキングツアー(2003年3月)

カロリーナ・サンチェスさんのプロフィール

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エルビア・カロリーナ・サンチェス=ディアス

-生年月日:1980年3月26日/年齢:23歳

-出生地:グァテマラ共和国サン・マルコス県・タカナ町トゥイコチェ村・ サンアントニオ・ラ・ラグーナ地区

サン・アントニオ・ラ・ラグーナ地区はタカナ町の中心から歩いて7時間、40km離れた山の中にある集落である。メキシコとの国境は目の前にある。

タカナ町はグァテマラの首都であるグァテマラ・シティから285km、バスで10時間のところにある。選挙の際には大事にされても、政府のさまざまな政策において差別的な扱いを受けている地域の一つである。タカナ町には90以上のコミュニティがあるがこれらのほとんどが極貧の状態にある。

カロリーナは7人兄弟のなかの1番上なので、他の兄弟を養っていくために、家事に勤しむ母やメキシコの大農場で1日40ペソ(約400円)の給料で働く父の代わりに、幼少のころから兄弟の面倒を見なければならなかった。7歳から学校で勉強をしていたが10歳で学校に通うのを辞めた。学校の建物がなく、先生の数も少なく、その上母親の手伝いをしなければいけなかったためである。

12歳のとき仕事を探すためにメキシコのチアパス州に行くことを決めた。父親の稼ぎだけではどうにもならないのである。チアパスで家政婦として月2500円の給料で働いた。しかし、母親が病に倒れたため16歳でサン・アントニオ・ラ・ラグーナの家に戻らなければならなくなった。父親は1年半の間米国に出稼ぎに行ったきり村には戻ってこられなかったので、この間はカロリーナが1人で家を守らなければならなかった。

16歳からコミュニティの若者のグループで活動をはじめた。また、このときからカトリック教会の青年部のコーディネーターとして、人権に関する様々な研修を受けてきた。1999年に町の中心で教育を受けるために村を離れた。ただし父親からの援助は一切なく、自分で費用を工面しなければならなかった。

9年間勉強することができなかったので成人向けのクラスに所属して、小学校課程、中学校課程を修了した。2000年から高校課程に相当する学校で勉強をはじめた。学習のために様々なコミュニティ活動は制限されているが、2001年と2002年にはグァテマラ・シティで行われた地方リーダー養成研修にこの地域の代表として参加している。

現在はこの地域で、女性の参加の促進をめざすボランタリーベースのコミュニティ活動を支援しながら、教師養成課程の学校で学んでいる。

【MJP:平和をめざす青年運動 記】

先住民族族女性にとっての変革を求めて――平等と尊厳の視点から

エルビア・カロリーナ・サンチェス=ディアス

私自身の体験や変遷の個人史から、私はこのテーマが大変重要であると考えます。

地方にあるために忘れられ、差別され、抑圧されている、このような遠隔地にあるコミュニティで生きるためには、子どものころから私には勉強を続ける機会がありませんでした。そして学校には全学年の面倒を見られるほどの校舎や教師もなかったのです。私たちは二年生か三年生までしか勉強できませんでした。10歳ぐらいになると、もう勉強を続けることはできず、農作業や家事で両親を助け、その後は大変貧しかったので、働き、生き抜くためにメキシコのチアパス州に出稼ぎに行きました。

しかし、数年後に、特に長年差別され続けてきた先住民族族同士の団結の必要性を感じ、権利の平等のための運動に参加するのだという気持ちをもって、自分のコミュニティに帰りました。しかし参加できるようになるためには、まず馴染み深い環境の中で自己を主張していく必要があり、自由を手に入れ、さまざまな活動に参加できるようになるのは容易ではありませんでした。

多くの障害や批判、悪口、侮蔑にあってはきましたが、私は女性として、特に若者として、私たち女性がその中で生きている差別や暴力を変えつづけてゆくために一歩を踏み出したと思います。差別を強固にしている他の要因は人種差別と階級主義です。

つまり、ラディーノと先住民族、金持ちと貧乏人といった格差は、およそすべての公の場所――機関や学校、教会――で見られ、そうした場所では私たちのアイデンティティ、文化、伝統に敬意が払われていません。特に先住民族の少女、女性、若者たちには、身につけている衣装や話す言葉のために敬意が払われませんし、時には肌の色や経済的地位によっても敬意が払われなくなります。

その状況は発展と参加に大きな影響をもたらしています。一般的に学校では、多くの場合、先住民族の生徒が適応するのに時間がかかります。なぜならそこではスペイン語だけが話され、私たちに制服を着るよう強制するからです。そしてこれが原因となって、地方にはたくさんの非識字の人々が存在するのです。その中でも、教育へのアクセスの機会が与えられないために成人女性や青年たちが高い割合を占めます。

子どもたちが幼いころに勉強を放棄するのは、国の伝統的公教育システムに問題があるからでもあります。公教育はお金がかかり、内容的にも乏しいものです。なぜなら教師たちはグァテマラの現状と各コミュニティの基本的ニーズに合わせた授業を行わないからです。学校ではあるけれど、教育は行われず、教育省はどんな教材が必要かという点について考慮もしません。

これらの困難が原因で、移住労働のほかに術がない状況になってしまいます。私のコミュニティでは、例えば、多くの若者が勉強しようとしてもなんの援助も得られないために、チアパスのコーヒー園や米国に出稼ぎに行くことを選ぶ事例がたくさんあります。

これらもまた私たちの価値と民族の基本的原則を破壊してきたもう一つのシステムです。そして結果として見捨てられた未亡人、親に棄てられた子ども、未婚の母が存在するようになり、麻薬、アルコール、タバコの消費、感染症、例えばエイズや人間の命を奪う病例が増えてきました。

締結から長い時間が経ちましたが、和平合意の履行はほとんど成果や変革を生んでいません。それは、多くは先住民族である貧しく、抑圧され、無視された人々のための合意と法律を知らしめていく意欲と関心が政府に欠如しているためです。

平和の文化のために、適切な技術をもって教えられる確固とした基礎としての教育が必要です。統合的な発展を遂げるためには、変革のためのオルタナティブを用いて私たちが政治、社会、経済、文化、宗教といった分野で様々なスペースへ参加する必要があります。

女性の状況に関しては、多くの家庭内暴力が存在します。私が得た経験から、都市での仕事は過酷で、賃金は低く、私たちを守り、労働時間を定める法律もありません。コミュニティや家族の中でも、女性は最も早く起き、最後に寝て、洗濯をし、トルティーリャをつくり、子どもや夫の世話をし、焚き木を拾い集めているのに、価値ある存在とされていません。

その上、畑で働き、いくらかのお金を得るために収穫物を売りにも出かけます。しかし、女性自身の自尊心が低いために、彼女自身、自分は働いていないと言うのです。女性が働かないと家族は生きてはいけない状態にあるというのに。

しかし、一方では、特に女性たちの間で小さな変革が達成されつつあります。ときには多くの条件つきではありますが、コミュニティ内で助役になったり、生活改善委員会、NGOといった公的な空間に参加するようになってきました。この点では、同じ目的、つまり差別や男女間の不平等の撤廃のために闘っている女性および男性の仲間の支援がきわめて貴重なのです。

IMADRの人々、特にボランティアとして自発的にグァテマラにおけるプロジェクトをコーディネートし、実施している人々も同じ目的のために活動していると思います。人生は闘いであり、今とは違う、平和と正義の実現された調和のとれたもう一つの世界を実現するために、その必要がある限り人々のために闘い続けていかなければならないと私は信じています。

個人的には、私は自分の初等教育の教師になるための勉強を終了させ、人間生活の必須の部分として教育に価値をおき、女性たちがその中で生きている差別と暴力を撤廃するために活動を続けたい、そしてオルタナティブな教育とコミュニティの社会開発委員会のメンバーとして活動を続けたいと思います。

今回、日本を訪れるという貴重な機会を与えてくださったことに心から感謝します。

記・2003年3月

【訳=斎藤忍・藤岡美恵子】
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