『先住民族の10年News』第101号(2004年2月7日) WTOと先住民族 カンクンWTO閣僚会議報告 普川 容子(アジア太平洋資料センター) 2003年9月10日から14日にメキシコ・カンクンで開かれた世界貿易機関(WTO)第5回 閣僚会議には、各国政府や国際機関の代表団、マスコミ、NGOが世界中から集まった。 彼らだけではない、主にメキシコを中心とするラテンアメリカの農民や先住民族の人 びとも、カンクンまでバスを乗り継いでやってきていた。きらびやかで豪華なホテル (といっても私にしてみれば品の悪い成金趣味にしかうつらなかったが……貧乏人 NGO職員のひがみ?)が立ち並ぶ「ホテル・ゾーン」と呼ばれるエリアでWTO閣僚会議 が開催されていたが、ホテル・ゾーンを出ると、そこがすぐカンクンの庶民的な市街 地(ダウンタウン)である。1999年のシアトル会議の流会や9.11後、こうした国際会 議の警備は厳重さを増し、巨額の費用を投じて会議場エリアの「内」と「外」を隔て るようになった。むろん、「内」であるホテル・ゾーンに入るのは容易ではない。ホ テル・ゾーンとダウンタウンの間には、三層にもなる巨大フェンスが、大勢の警官と セットになってそびえたっていた。 ●「内」:WTO閣僚会議での途上国の反乱 カンクンWTO閣僚会議そのものは、明瞭な南北対立で幕があけ、その対立が解けぬま ま交渉は決裂し、流会となった。今回の閣僚会議の主な争点は、農業とシンガポール ・イシュー(投資・競争・政府調達の透明性・貿易円滑化の4分野)の2点だった。ど ちらにしても際立っていたのは、先進国対途上国の南北対立の軸が明確にあったこと だろう。農業分野、すなわち農産物の貿易自由化に関しては、自国の農業に多大な補 助金を出している米国・EUと、その補助金漬けの安い農産物が流入することによって 国内農業に壊滅的な打撃を受けている途上国との対立があった。シンガポール・イシ ューに関しては、特に投資分野で自由化を推し進めたいEUや日本・韓国と、国内産業 保護政策をとりたい途上国とで対立がおこった。そもそも、シンガポール・イシュー については、各国の「明白な合意があって初めて交渉に入ることができる」ことが前 回のドーハ会議(2001年)で決まっていた。70以上もの途上国がシンガポール・イシ ューに反対の意思を表明していた、つまり「明白な合意」が存在しないことが明らか だったにもかかわらず、なし崩し的にカンクンで一括採択をめざそうとするやり方に、 途上国が反発したのである。 ブラジルを中心とする‘G21プラス’と呼ばれる途上国グループや、マレーシアを中 心とする、シンガポール・イシューに反対するグループなどが、団結して先進国に対 して反乱をおこし、その団結と反乱は最後までほとんど崩れることがなかった。結果 として、交渉の合意は不可能とされ、なにも決定することなく閣僚会議は幕を閉じた。 「(貿易に関する)悪いルールができるぐらいなら、なんのルールもできない方がま だいいんだ」──多くのNGOや途上国政府は会議の失敗をこう評している。今まで、 大国は自国の大企業にとって都合の良い貿易自由化のルールをつくりあげてきた。そ のルールから不利益をこうむる途上国は、異議を唱えながらも、大国によるさまざま な「アメとムチ」によってそのルールを受け入れてこざるをえなかった。しかしカン クンでは、そのやり方がもう通用しないことが露呈された。途上国が団結して「NO」 と言ったのである。 ●WTOに「NO!」 忘れてならないのは、途上国政府がつらぬいた「NO」を支えたのは、世界の過半数を 占める、貧しい人びと、経済のグローバル化から恩恵をこうむるどころか被害を受け てきた人びとの声である。「外」であるダウンタウンは、そうした人びとが声をあげ た場所だった。ダウンタウンの様子は後に述べるとして、なぜ人びとは──特に先住 民族は──WTOにNOと言うのだろうか? WTOはそもそも、貿易の自由化を目指して設 立された機関であり、貿易の自由化があらゆる国に利益をもたらすのであって、途上 国にとっては輸出志向型の開発路線をとることが最も発展への近道だと信じている機 関である。そうした「信念」に基づいてつくられたWTOのルールが、先住民族の暮ら しにどのような影響をもたらすのだろうか? まず、農産物貿易の自由化によって、安い補助金漬けの農産物がコミュニティに出回 り、人びとが長年培ってきた、経済的で合理性のある、持続可能な農業が打撃を受け る。同時に伝統的な食習慣が失われ、西欧から入ってきた食が人びとの健康に多大な 影響を与える。栄養バランスが失われ、病気になる人が増える。 また、小規模の農業がすたれ、輸出農産物・現金作物を栽培する商業的ベースの大規 模プランテーションが行われる。農民たちは土地を追われ、少数のアグリ企業や地主 が土地を独占してしまう。同じことは森林でも起こる。材木の貿易自由化はさらなる 森林破壊を誘発する。 さらに、WTOルールは企業の自由な行動を保証する。多国籍鉱山企業や石油企業は、 資源の豊富な地域に入り込み、土地を買い占め、開発を推し進める。その土地に暮ら す先住民族は追い払われ、環境は破壊され、水は汚染される。企業は土地を買い占め るだけではない。人びとが永い間培ってきた知恵も奪ってしまう。WTOの知的所有権 に関するルール(TRIPs協定:貿易関連知的所有権に関する協定)によって、企業は、 人びとが伝統的に利用してきた治療効果のある植物などに少し手を加えるだけで、勝 手に特許を取得してしまうことが許されてしまう。 以上述べた問題以外にも、さまざまな問題をWTOは引き起こす。こうした問題がある からこそ、人びとはWTOに「NO」と言うのである。彼らの「NO」は、国際的な農民連 合であるビア・カンペシーノ(農民の道)が開催した「カンクン:農民・先住民国際 フォーラム」で出された宣言(9ページ参照)に明白に述べられている。 WTOの交渉を見ていると、なにやら専門用語のオンパレードで「理解できない」と敬 遠しがちではあるが、人びとにとっては「理解できない」どころではない。WTOのル ールによって、自分たちの生活が脅かされているという実感があるのだ。自分たちの 生活に欠かせないもの──食糧、土地、水、森林、種子、文化、伝統──が、奪われ、 踏みにじられていく。その許しがたい行為が、「貿易の自由化」というWTOのルール で正当化されてしまう。人びとの訴えたいことは、非常にシンプルであるが、力強い ──“WTOとは自由化を進めるための機関だ。しかし農業や食といった人びとの生命 の根幹に関わることは自由化や商品化にはそぐわない。だから、WTOの交渉自体にの せることがそもそも根本から間違っている。自分たちの生活をこれ以上先進国に、多 国籍企業に売り渡すことはできない!” ●「外」:ダウンタウンでの人びとの動き 各地からメキシコ・カンクンを目指してやってきた農民や先住・少数民族の数千人と も数万人ともいわれる人びと──最もWTOに対して言いたいことがある人びとであり、 その権利をもつ人びとだ──が集まったのは「外」のダウンタウンだった。日本でい う公民館ホールのような「文化会館」がダウンタウンの中心部にあり、そこにはサッ カー広場が隣接している。人びとはこの「文化会館」のホールや広場に張られたテン トで寝泊りし、昼間は「WTOに反対し、オルタナティブを求めるピープルズ・フォー ラム」などの集会やイベント、デモなどが行われていた。ダウンタウンは活気に満ち ていた。文化会館以外でも、公園やホテルなどに人びとは集まり、情報を交換し、ワ ークショップやセミナーを開催し、デモを行った。会議場から一歩も出ずに、政府か らの情報だけを垂れ流す大手マスコミとは違い、人びとの視点でカンクンを伝えよう とするジャーナリストたちがダウンタウンで積極的に取材を行い、日夜最新の情報を 主にインターネットを通じて発信していた。 WTOに反対する大規模なデモは、9月10日と13日の2回行われた。デモは、ホテル・ゾ ーンとダウンタウンとを隔てる巨大フェンスまで行くと、それ以上は進むことができ ない。しかし、デモに参加した人びとは、フェンスにロープをくくりつけ、2時間以 上かけてフェンスを引っ張り倒した。フェンスが完全に倒壊しても、人びとはそこか らホテル・ゾーンになだれこむこともなく、その場で集会を行い、踊り、歌った。フ ェンスを倒すことは、会議場に入るためではなく、一つの象徴的な行動だった── WTOはいわゆる貿易障壁を取り除くための会議をしているが、私たちは“持つもの” と“持たざるもの”の間に立つこの障壁(フェンス)を取り除こう、というわけだ。 人びとは、10日のデモで命を落とした韓国の李京海氏の死を悼み、「もうこれ以上の 死はたくさんだ」と訴えていた。WTOが推し進める自由化の結果、多くの人びとが飢 えて死に、土地や森林がやせ細って死に、多様な文化や叡智も死に絶えていく。そう やって進められる自由化はだれにとってのどのような「繁栄」をもたらすというのだ ろうか? 多様性こそが豊かさを生む社会には、WTOのルールではない、別のルール が必要とされていることは、人びとの声を聞けば明らかではないだろうか? 会議最終日、WTO閣僚会議が失敗に終わったとの一報がダウンタウンにもたらされた 時、人びとの間からは歓声がわき起こった。あちらこちらで抱き合って喜び、テキー ラを飲み、輪になって踊った。人びとはこう言っていた:「経済のグローバル化じゃ なくて、私たちの闘いを、希望を、グローバル化しよう!」。私も大賛成だ。 2003年9月8〜10日にメキシコのカンクンで開催された農民・先住民国際フォーラムに 参加した全世界の地域からやってきた諸組織は、第5回WTO(スペイン語ではOMC)閣 僚会議に関する我々の立場を以下のように表明する。 1. WTOは農業部門を対象としないことを要求する。健康や教育と同じように、食料は 一握りの多国籍企業だけに恩恵をもたらし、我々先住民族、農民や家族的経営農民の 経済、生活、未来を台無しにするだけの通商協定の対象とすべきではない。農産物の 自由貿易は、世界における貧困と飢餓の増大に貢献しただけである。 WTOや通商協定は市場の開放と関税障害の撤廃をもたらしてきたが、自由な移動や意 見表明の権利に対しては障壁を築いている。そのことは、このタイプのあらゆる会合 において何度も繰り返され、この数日、カンクンでも顕著となっている。 2. 人民の食料に対する主権は国際政治の主導的な原則となるべきである。それは、 持続可能なやり方で、伝統に従い、我々の天然資源や生物多様性の防衛に対応する形 で、人民が自らの食糧を生産する権利に基づいている。 3. 我々は要求する。多国籍企業の攻撃から護るため、中小規模農家の戦略的食料チ ェーンに対する援助の政策と計画を早急に確立すべきである。同時に、国ならびに国 際レベルでの農産品市場の整備を目指す新しい公的政策を採択すべきである。それは、 食糧の生産と分配の適切な均衡を生み出すことに役立つし、我々が尊厳をもって生き られるように、先住民族や農民が土地や領域へアクセスできる。 4. 我々は遺伝子組み換えの食料や種子の輸入や生産に反対する。それは健康を脅か し、生態系を改変し、我々が独自に開発してきた種子に悪影響を及ぼし、経済や技術 の従属を加速する。多大な利益を享受しているモンサントのような多国籍企業が宣伝 していることとちがって、遺伝子組み換え製品は飢餓の問題を解決することはなく、 種子と生産物の独占を生み出すだけである。 5.我々は、WTOが知的所有権協定を通じて押しつけようとしているような、先住民・ 農民の知識、遺伝子資源、種子、伝統や技術の私物化を画策する国際的合意や協定は 全面的に拒否する。我々は、いかなる形態であれ、生命に関する特許認定に反対する。 種子は人類の役に立つ人民の財産である。 6. 我々はWTOの財とサービスに関する合意に反対する。それはあらゆる公的財産を私 企業化し、外国人の手に引き渡すものである。我々は、我々の権利、我々の共同体や 国、その領域、大地、水、森林や天然資源を防衛する。我々の戦いを継続する。なぜ なら、戦いを通じて、我々の教育・健康に関する適切で十分なサービスを提供できる からである。 7. 我々は、公正で人間的な別の世界を模索するこの偉大な試みに参加するように、 農村と都市のすべての社会勢力、諸政府、立法府議員に呼びかける。その世界は、飢 餓を撲滅し、我々の国の主権という視点からすべての男女にとって尊厳ある生活を獲 得することを最優先する食料に関する新しい世界秩序の構築に依拠している。 第5回WTO閣僚会議に対する農民・先住民国際フォーラム/メキシコ・キンタナロー州 カンクンにて 2003年9月10日 *「カンクン宣言」は、メキシコ先住民運動連帯関西グループのホームページからの 転載です。