『先住民族の10年News』第106号(2004年7月10日) 先住民族と博物館 オーストラリア・ビクトリア博物館協会の事例 長谷川 由希(アイヌ資料情報室) 昨年は、1903年の第5回内国勧業博覧会の場外展示「学術人類館」を通して、博覧会 における先住民族の立場や博覧会の政治的側面を知ることができた(本誌第100号参 照)。そのテーマを引き継ぎ、今回はオーストラリア国内の博物館について紹介した い。 筆者は、数年前にビクトリア州に位置するメルボルン博物館の先住民族展示を見学し、 その展示の斬新さに驚かされた。伝統的な文化工芸品の展示だけではなく、先住民族 の現在の姿や現代芸術作品も展示されている。特に目を引いたのは、土地権回復運動 や「盗まれた世代」など先住民族の歴史的社会的事柄を、写真や新聞記事を通して展 示していることである。この展示を見て、ビクトリア州をはじめとするオーストラリ アの先住民族の現在の姿を知ることができた。 ●歴史的背景 メルボルン博物館は、南半球一の規模の博物館であり、ビクトリア博物館協会( Museum Victoria)(注1)が2000年に開館した州立の博物館である。ビクトリア博物 館協会は今年で150周年をむかえ、長年蓄積されたコレクションを保管し、その研究、 展示、また新たなコレクションの収集を行っている。 植民地政府における博物館の役割は、「滅びゆく」あるいは「希少」な動植物の収集 であり、そのなかに先住民族の文化遺産も含まれていた。19世紀後半から膨大な先住 民族の文化遺産が博物館に保管され、研究され、展示されてきた。そのなかで、博物 館は先住民族を「滅びゆく」民族として扱ってきた。 ビクトリア博物館協会のオーストラリアの先住民族に関するコレクションは約10万点 にのぼる。内容は、文化工芸品、遺骨、宗教儀礼用具、現代芸術作品である。これら のコレクションはビクトリア植民地時代においては、先住民族政策を担当した先住民 族保護官や学者により収集されてきた。その内容は、大半が中央および北部のオース トラリアの先住民族の文化遺産である。19世紀後半からビクトリア植民地において先 住民族は保護地などへの強制移住が行われた。学者はそのため、「伝統的な」生活を している先住民族を求めて中央および北部の先住民族のもとへ出かけていった。また、 「未開」である先住民族の遺骨も研究材料として、1970年代まで学者やアマチュアコ レクターにより収集されてきた。 ●関係の変化 博物館における先住民族の文化遺産は、1970年代までは先住民族の意見を無視した形 で扱われてきた。しかしながら、70年代のウィットラム労働党政権による先住民族政 策の転換や先住民族の土地権回復運動の高まりを背景として、その関係は変化してい く。 ビクトリア州の先住民族とビクトリア博物館協会との関係の変化は、1980年代に起き た。その発端となったのは、ビクトリア博物館協会がビクトリア州内で見つかった遺 骨を展示目的のためにアメリカに持ち出したことに対して、先住民族側が抗議をした ことであった。また、メルボルン大学などの研究機関から新たに数千体の遺骨が発見 され、その返還要求が先住民族側から起きたためである。 また、1970年代から先住民族の文化復興のための運動の一環として、各地に先住民族 コミュニティ主体のキーピング・プレイス(keeping place)または文化センターの 設立が行われてきたことも変化の要因である。現在、ビクトリア州にキーピング・プ レイスは15カ所存在する。展示を併設するものや観光業主体のものなど規模はさまざ まである。キーピング・プレイスの主要な目的は、先住民族コミュニティの文化伝承 の拠点、文化遺産の保管場所、非先住民族への先住民族文化の教育の場である。 ●ビクトリア博物館協会の取り組み 1980年代の先住民族側からの要求に応え、ビクトリア博物館協会はその働きにおいて、 先住民族の意見を反映させるための取り組みを行ってきている。そのひとつは、先住 民族出身者の雇用促進である。1981年に初めて雇用してから現在では20名前後の先住 民族出身者が先住民族に関する博物館業務を行っている。 また、先住民族に関する事柄のすべてに関して意見を反映するために諮問委員会が新 設された。諮問委員会は博物館協会理事会の下に位置する。ビクトリア州内の10人の 先住民族出身者により構成され、諮問委員会の議長は理事会の委員を兼ねている。こ こでは、先住民族コレクションの扱い、特に遺骨や宗教儀礼用具の返還のための指針 策定を行っている。また、2000年に開館したメルボルン博物館内のアボリジナル・セ ンターの企画を行ってきた。 博物館協会と先住民族の関係の変化は、先住民族文化コレクションの扱いにも変化を もたらした。具体的には、先住民族の独自の慣習、価値観、歴史観を尊重したコレク ションが蓄積されるようになった。前述したキーピング・プレイスをはじめとするコ ミュニティと博物館との連携作業も強化されてきた。キーピング・プレイスへの展示 や保管に関する技術的支援や文化遺産の貸し出し、返還を行っている。先住民族文化 コレクション担当のムーア氏によると、まずコレクションの情報整理を行い、関係コ ミュニティへの文化遺産に関する情報提供を行い、文化遺産の見学を受け入れている (注2)。 一方、文化遺産のなかでも特に遺骨と宗教儀礼用具の返還作業も進められている。関 係コミュニティとの協議を重ね、すべての遺骨と宗教儀礼用具の返還を目指している。 これは、2001年からは連邦政府の予算により行われている(注3)。 ●博物館の指針策定と国連での研究 オーストラリア国内の国立、州立、準州立の博物館においては、1980年代から個々に 先住民族の文化遺産の扱いに関する指針策定が進められてきた。1993年にはオースト ラリア博物館協会が先住民族の文化遺産に関する指針「過去の所有、新しい義務」( 注4)を発表した。先住民族の文化遺産における先住民族の自己決定権を認め、特に 遺骨の返還や先住民族スタッフの雇用促進などを通して、先住民族の文化遺産保護の 取り組みの促進が明記されている。また、遺骨および宗教儀礼用具を返還の対象とし ている。 国連において、先住民族の文化遺産保護に関する取り組みがなされている。文化遺産 保護のためのガイドライン策定作業は、1990年から国連人権小委員会の委員であり人 権小委員会先住民作業部会の議長を務めてきたエリカ・イレーヌ・ダエスを中心に行 われてきた(注5)。人権小委員会先住民作業部会を通して多くの先住民族団体の意 見を反映したものである。 上記の研究は、先住民族の植民地経験による権利の剥奪を明らかにしている。先住民 族の国際的な保護のための原則とガイドラインをあげている(注6)。それは過去の 遺産だけではなく将来の発展に関しても、この原則が妥当であるとしている。 そのなかで、先住民族の文化遺産保護において重要な点を2点挙げている。1点目は、 自決の原則である。先住民族の文化的、社会的な状況の改善が文化遺産保護の自決の 原則を実現するために必要不可欠であることを明らかにしている。2点目は、博物館 に関係する文化遺産の扱いにおける「十分な情報を得た上での自由意志による同意」 である。過去においては、先住民族は「十分な情報を得た上での自由意志による同意 」を社会的にも、政治的にも持つことができてこなかったことが、文化遺産の侵害の 要因となっている。 ●まとめ オーストラリアのビクトリア博物館協会の事例は、博物館が先住民族の文化遺産保護 を先住民族の意見を取り入れ行っていることである。実際に、博物館協会やキーピン グ・プレイスのスタッフへのインタビューを行うなかで、博物館が先住民族との歴史 を見直していく作業は、先住民族との和解への一歩であることが強調されていた。文 化的アイデンティティの表現である文化遺産を先住民族自身が管理し活用していくこ とは、これからの先住民族と非先住民族との関係構築に不可欠である。 (注1)ビクトリア博物館協会はオーストラリア国内最大の公的な博物館組織である。 メルボルンにメルボルン博物館、移民博物館、科学博物館と3つのキャンパスをもつ。 詳細は、http://www.museum.vic.gov.au/ (注2)Muir, Caine 2004.3.26 インタビュー (注3)通信・情報技術・芸術省の行う「先住民族の文化遺産返還プログラム」によ り博物館における文化遺産返還業務は資金的援助を受けている。海外の文化遺産返還 については、これまでATSIC(アボリジニ・トレス海峡諸島民委員会)を通して予算 化されてきた。 (注4) Council of Australian Museum Association Inc. (1993) Previous Possessions, New Obligations: Policies for Museums in Australia andAboriginal and Torres Strait Islander Peoples. Victoria: Council of Australian Museum Association Inc. (注5)E/CN.4/Sub.2/1995/26, Annex. 詳細は苑原俊明『先住民族の遺産の保護―ダ エス最終報告より−』先住民族の10年News第26号付録参照。 (注6)Daes, Erica-Irene. 1997. Protection of the Heritage of Indigenous People. New York and Geneva; United Nations [参考文献] ・苑原俊明(1998)「いわゆるアイヌ文化振興法について」八千代国際大学国際研究 学会『国際研究論集』第10巻、第4号pp.90-115 ・Sculthorpe, Gaye.(1990a) Guide to the Victorian Aboriginal Collections in the Museum of Victoria. Victoria, Museum of Victoria ・Rasmussen, Carolyn.(eds.).(2001) A Museum For the People. Victoria: Museum Victoria