『先住民族の10年News』第26号付録(1996年7月6日) 先住民族の遺産の保護 −ダエス最終報告より− 苑原 俊明(八千代国際大学教員(当時)/現・大東文化大学教員) ●ダエス報告書にコメントを 今年4月23日に国連人権委員会は、先住民族に関連したいくつかの決議を採択した。 その中の一つに、『エリカ=イレーネ・ダエス女史(注1)が昨年まとめた「先住民 族の遺産(注2)の保護に関する最終報告書」について、加盟国政府、国際機関、先 住民族団体ならびにNGOがレポート(コメント)を送付するよう要請する』という内 容の決議がある。(1996/63)回収したコメントと追加情報を基礎にして報告者が補足の報告書を作成し、次回の小 委員会での審議に付されることになっている。現在の日本における先住民族の遺産に 関する状況をみるとき(特に、アイヌ民族の遺骨の返還、聖地の保全および文化伝承 にかかる諸問題)、この報告書の内容、特に付属の「原則およびガイドライン」の関 連規定をここで紹介する価値があるものと考える。できれば委員会決議に沿って、関 心ある団体から適切な情報が特別報告者の手元へ届けられ、その補足報告を通じてア イヌ民族の文化的権利が再確認されることを望む。 ●ダエス報告書の特徴 昨年のダエス報告書では、とりまとめるにあたって回答を寄せた政府、国際機関、先 住民族団体からの「原則およびガイドライン」に対するコメントが紹介され、分析さ れるとともに、報告者自身による修正意見が述べられ、最後に報告者の提案が示され ている。 報告によると次のようなことが提言されている。 (1) 同報告とその「原則およびガイドライン」が小委員会に、そしてのちに人権 委員会へ審議のため付託される。 (2) 1996年の国連総会が、先住民族の遺産に関する原則・ガイドラインに関する 宣言を採択することを希望する。 (3) 国連および国際機関が遺産を保護する実際的な協力の方法について、国連主 催の専門家会議を招集する。 報告の付属書は、10項目の「原則」のあとに実施のための「ガイドライン」が以下の 区分で定められている。 (1)定義(2)遺産の伝承(3)遺産の取り戻しと原状回復(4)国内の立法およびプ ログラム(5)研究者および学術施設(6)民間企業および業者(7)芸術家・作家・ 演技者(8)メディア・教育(9)国際機関 ここでは「原則」の全文ならびに日本で問題となると思われる「ガイドライン」の関 連部分を訳出した。 注1:人権小委員会委員で特別報告者。小委員会の先住民族作業部会の議長でもある。 注2:継承財産、文化資源とも言う。以下、遺産と訳す。 *コメントは、国連の公用語のいずれか一つを使って、次の宛先へ送付されたい。 Ms. Erica=Irene Daes, c/o The Centre for Human Rights, The United Nations, Palais des Nations, CH-1211 Geneva 10, Switzerland ------------------------------------------------------------------ 先住民族の遺産の保護のための原則およびガイドライン 人権小委員会特別報告者エリカ=ダエスによる起草 E/CN.4/Sub.2/1995/26 Annex 原則 1. 世界の先住民族の遺産を効果的に保護することは、人類すべての利益である。全 体としての人類の適応可能性と創造性にとり、文化的多様性が不可欠である。 2. 先住民族の遺産の保護が効果的であるためには、保護が自決原則に広く基づくべ きであり、同原則には先住民族が自らの文化および知識の体系ならびに社会組織の形 態を発展させる権利および義務が含まれる。 3. 先住民族が、その文化、芸術および科学(過去において創造されたものであるか 又は将来、先住民族が発展させるものであるかを問わない)の主要な管理者( guardians)であり、解説者であることが承認されねばならない。 4. 先住民族の固有の慣習、規則および慣行が将来の世代に対し、その遺産として伝 承されることを国際的に承認し、尊重することが、これらの民族による人権および人 間の尊重の享受にとり、不可欠である。 5. 先住民族がその遺産を所有し、管理することは、各民族の慣習、規則および慣行 の定めることに従い、集団的であり、恒久的であり不可譲であるとの性質を引き続き 有しなければならない。 6. 先住民族の知識、芸術および文化を発見し、利用し、伝授することは各民族の伝 統的な土地および領地と切り離すことができないほど結びついている。伝統的な領地 および資源に対する管理(control)が、先住民族の遺産を将来の世代へ継続して伝 承すること並びに遺産の完全な保護にとり、不可欠である。 7. 遺産を保護するためには、文化的伝承および教育に関する固有の手段を先住民族 が支配しなければならない。これには、当該民族の自らの言語および正字法を継続的 に使用すること、並びに必要な場合にそれらを復活させる権利を含む。 8. 遺産を保護するためには、先住民族がその領地内で行なわれ、または当該民族を 研究対象とする全ての研究・調査に対して管理権(control)を及ぼさねばならない。 9. 先住民族の遺産の記録、研究、利用および展示のためになされるいかなる取り決 めも、伝統的な所有者の十分な情報を得たうえでの自由意志による同意(informed consent)が不可欠の前提条件であるべきである。 10. 先住民族の遺産の記録、研究、利用および展示のためになされるいかなる取り決 めも、取り消しが可能であるべきであり、当該民族が商業的な応用において引き続き 主要な受益者であることを確保するものでなければならない。 ガイドライン 定義 11. 先住民族の遺産は、その性質および利用において世代間に伝承されてきた全ての 物体、史跡および知識であって、特定の民族又はその領地に関連するものとみなされ るものを含む。ある先住民族の遺産には、その遺産に基づき将来において創造される 物体、知識および文芸または芸術作品も含まれる。 12. 先住民族の遺産には、ユネスコの関連する条約で定義される、全ての有形文化財 ;音楽、舞踊、歌唱、儀礼、シンボルおよびデザイン、口承文学および詩歌のような あらゆる種類の文芸および芸術作品;あらゆる種類の科学、農業、技術および生態学 的な知識(耕作作物、医薬品および動・植物の合理的な利用を含む);遺骨;聖地、 歴史的に重要な史跡および埋葬地のような文化的史跡;ならびに先住民族の遺産をフ ィルム、写真、ヴィデオテープまたはオーディオテープの上に記録したものを含む。 13. ある先住民族の遺産を構成する各々の要素には、伝統的な所有者が存在する。当 該所有者は、民族集団全体であったり、特定の家族又は氏族、結社又は会員組織、も しくは遺産の管理者として特に伝授されたり、または指導されてきた個人であったり する。遺産の伝統的所有者は、先住民族固有の慣習、法律および慣行に従って決定さ れなければならない。 遺産の伝承 14. 先住民族の遺産は、その伝統的な所有者が伝授するため慣習的に用いている方法 ・手段によって継続的に学習されるべきである。かつ遺産の伝承およびその共同利用 のために先住民族が有する規則および慣行は、国家の国内法制度のなかに組み入れら れるべきである。 15. 略 16. 各国政府、国際機構および民間組織は、先住民族の共同体により運営される教育、 研究・調査および研修センターの開発を支援し、これらの共同体による遺産の全ての 側面の記録、保護、伝授および応用の能力を強化すべきである。 17. 略 18. 各政府は国際的に協力して、すべての先住民の子供が自らの言語並びに公用語を 十分に話せ、読み・書きができる機会を確保するために、必要な財源及び施設面での 支援を提供すべきである。 遺産の取り戻し(recovery)と原状回復(restitution) 19. 権限ある国際機関の支援のもと各政府は、先住民族および共同体がその有形文化 財および他の遺産に対する管理(control)および所有(possession)を取り戻すよ うに支援すべきである。 20. 先住民族との協力のもとユネスコは、関係する財産の伝統的所有者からの要請に 基づき、国境を超えた有形文化財の取り戻しを仲介するプログラムを設定すべきであ る。 21. 遺骨および副葬品は、関係する先住民族が決める文化的に適切な方法により、そ の子孫および領地に返還されなければならない。記録(documentation)は、関係す る民族と合意された様式および態様によってのみ、保管され、展示され又は利用され うる。 22. 有形文化財は、可能な場合にその伝統的所有者ヘ−特に、それがこれらの者にと り相当な文化的、宗教的または歴史的な価値を有することが証明された場合に−返還 されなければならない。 当該財産の管理と解釈を共同して実施するために伝統的所有者との間で取り交わ す記録された合意の条項に従う場合にのみ、有形文化財が、大学、博物館、民間施設 又は個人により保管されるべきである。 23. いかなる場合でも、先住民族の遺産である物体ないしはその他の要素を−当該民 族により適切と判断された場合を除き−公けに展示してはならない。 24. 過去において持ち去られ、または記録された物体もしくは他の遺産の要素で、そ の伝統的な所有者が誰なのかもはや特定できない場合には、当該物体が持ち去られ、 または記録のなされた領地と結びついている民族集団の全体が、伝統的所有者として みなされる。 国内立法およびプログラム 25. 伝統的所有者による適切な許可なしになされた、先住民族の遺産の取得、記録ま たは利用に対して、それを予防・処罰し、全面的な原状回復および公正な補償を得る ために、先住民族がそれらの言語により迅速かつ実効的で十分な司法的または行政上 の行動をとることができるように各国の国内法で保障すべきである。 26. 所有、管理(control)、利用および利益の共有を内容とする取り決めに伝統的 所有者が十分に情報を得たうえで自由意志によって同意した旨の十分な記録がなけれ ば、先住民族の遺産のいかなる要素についても、個人ないしは法人に対して特許権、 著作権もしくはその他の法的な保護を付与することを、国内法では拒絶すべきである。 27. 略 28. 先住民族の遺産の保護のための国内法は、関係する民族、とりわけ伝統的所有者 および宗教的かつ神聖でスピリチュアルな知識を有する教師との協議を経て採択され るべきであり、可能な限り関係民族による十分な情報を得た上での、同意を得るべき である。 29. 教育、芸術およびマス=メディアの分野で伝統的言語の使用が尊重され、可能な 限りで促進、強化されるよう、国内法で保障すべきである。 30. 略 31. 関係する先住民族と協力して各政府は、埋葬地、治癒のための場所および伝授の ための伝統的な場所を含む、聖地および儀礼のための場所を特定し、これらの場所に 許可なく立ち入ることや利用することから保護するため、速やかな措置を講ずるべき である。 国際機関 54.〜56.略 57.関係する民族および政府と共同して国際連合は、保護および保全のための特別な 措置を要する聖地および儀礼のための場所に関して、部外秘のリストを作成し、先住 民族に対してこのための財政的および技術的支援を提供すべきである。 58.〜60.略 (翻訳・訳出:苑原俊明)