2006年1月27日、フランス・ストラスブールの欧州議会にて、新しい移動式展示「ロマとスィンティに対するホロコーストと現代ヨーロッパにおける人種主義」が初めて公開された。
この展示はドイツ・スィンティ・ロマ資料文化センターが多数の国内ロマ組織とともに運営しているものである。センターの主任であるロマニ・ローゼは欧州議会議長のジョセップ・ボレル・フォンテジェスや欧州委員会副委員長のフランコ・フラッティーニとともにこの展示を開場した。開場式にはホロコーストを生き延びた多くのロマとスィンティやその親類、欧州議会の議員、欧州理事会や国連の代表者、ロマ組織の職員やIMADRの国連代表田中=フォックス敦子を含め、多くの人権NGO関係者らおよそ300人が出席した。
これらの高級官僚等の出席は、ヨーロッパにおけるこの主題の重要性の証であるとともに、ロマとスィンティに対するホロコーストに関するこれまでの認識の一般的な欠如を示すものである。今日、多くのヨーロッパの国々では、大多数の人びとは、第2次世界大戦中に50万人の生命を奪った、国家社会主義者によるロマとスィンティに対するホロコーストについて、依然知らないでいる。この無知打開の失敗の結果、ナチスのプロパガンダの多大な影響を受けている、ロマとスィンティに対する人種主義的固定観念、偏見は今日まで依然として残っている。何世代にもわたって受け継がれてきたこれらの偏見が、今日のヨーロッパで、ロマとスィンティに対する人種的に動機付けられた暴力的犯罪が絶えないことの最たる原因である。
展示は、ロマとスィンティの一般的認知、および国家社会主義者の人種的プロパガンダの風刺漫画に基づいた、メディアにおけるロマとスィンティの描写に関する認識を高めることを目的としている。人種主義と外国人排斥に関するヨーロッパ・モニタリング・ センターが2005年11月23日にブリュッセルで出した報告書によると、ロマとスィンティはほかの集団にもないほど日常的に差別を受けているという。
ロマとスィンティに対する暴力と、ホロコーストの否定とには、直接的な関連性がある。このことは、ロマとスィンティが右翼の過激派による暴行・襲撃の格好のターゲットとなっている事実を際立たせる。新ナチ主義者が残忍な殺人を犯すのに躊躇をしていないことは、ぞっとするような事実や映像で実証されている。反ユダヤ主義の危険は、国際政治課題において高い優先度が与えられているのに対し、ロマとスィンティは、ホロコーストの歴史的経験にもかかわらず、これまでかなりの期間、然るべき政治の舞台で注目を受けてこなかった。
これを背景として、現在の衝突状況の解消を促進するために、展示は過去のより正しい認識を伝えることを目指している。ロマとスィンティに対するホロコースト、およびそのヨーロッパでの状況に焦点をあわせ、想像を絶する人道に対する罪をあらわにすることを主な目的としている。ユダヤ人と同様に、ロマとスィンティは国家社会主義の人種主義的イデオロギーの名のもとに、取り押さえられ、公民権を奪われ、ゲットーに閉じ込められ、そして最終的には絶滅キャンプへと強制移送された。国家社会主義者は人間に対する敬意もなく、幼児や高齢者に対しても同様の非人間的扱いをした。国家社会主義者はロマとスィンティまたはユダヤ人に生まれたというだけで、これらの人びとの集団的生存権を否定した。
展示は4つのエリアに分かれている。第1部は、ナチスの台頭後初期のドイツのロマとスィンティの公民権剥奪から、第2次世界大戦勃発および占領地であるポーランドへの強制追放に至るまでを記録し、第2部はナチス占領下のヨーロッパでのスィンティ・ロマ虐殺を扱っている。展示は、国家社会主義者の絶滅政策に共通の包括的なテーマを背景にして、さまざまな占領国、同盟国で行なわれた迫害の特徴を明らかにしようとしている。第3部はアウシュヴィッツ・ビルケナウ絶滅収容所での、ヨーロッパのほぼすべての国から収容されたスィンティ・ロマに対する組織的殺人を記録している。最後に第4部は、1945年以降のヨーロッパでの主要な発展を取り上げ、ナチスのロマとスィンティに対する虐殺の事実と、ドイツでの市民権運動の発祥に焦点を当てる。とくに、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパの国ぐにでのスィンティ・ロマの国内マイノリティに対する差別の現代的形態に重点を置いており、ロマとスィンティがますます公然とした暴力的な人種主義と社会的偏見に晒されていることを示している。
展示は、ロマとスィンティの日常的生活とナチスの恐怖および組織的迫害を比較対照するように配置、設計されている。犠牲者を明らかにし、それぞれの出来事の裏側にいる人びとを見せるために、個人の証言と家族写真が展示の中央ステージを占めている。犠牲者の素顔を知ることで、何世紀にもわたって伝えられ、またナチスの犯罪目的のために使われてきた「ジプシーのイメージ」という神話を払拭
しようとしている。本展示の展示品はドイツ、ハイデルベルグのドイツ・スィンティ・ロマ資料文化センターとポーランド、アウシュヴィッツの国立博物館の常設展示として提供された所蔵品をもとにしている。
第2次世界大戦中に殺害されたロマとスィンティを思い出すことは、それぞれのヨーロッパの国ぐにがドイツ占領下で果たした役割をより詳細に検討する義務を必然的にともなう。多くの場合、被占領
国またはドイツ同盟国の政府系機関は、ユダヤ人およびロマとスィンティの組織的殺害に関係していた。移動展示はストラスブールでの開催後、東ヨーロッパおよび東南ヨーロッパの国ぐにを廻ることが決まっている。移動展示は歴史的分析を開始し、東および東南ヨーロッパの人びとに自身の歴史の暗い一面を受け入れてもらう試みである。
展示は、ストラスブールに続き、ハンガリーのブダペストとペーチで開催され、2006年5月から9月までチェコのプラハとブルノで行なわれることになっている。さらにポーランド、ウクライナ、オランダ、そしてニューヨークの国連本部での開催に向け、準備が進められている。
ウヴェ・ウェンゼル (ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会)
*編注:移動式展示「ロマとスィンティに対するホロコーストと現代ヨーロッパにおける人種主義」を主催している「ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会」はIMADRの設立時からの会員団体である。
2007年07月23日