IMADRは、刑事司法制度の運用や機能において、人種差別(※)が存在することを認識しています。実際、狭山事件をはじめ世界各国における数々の事例が、特定の集団に対する社会的差別とそれを反映する司法運営や警察制度が並存したときに、一人の人間にどのようなおそろしい運命をもたらすのかを証明してきました。
狭山事件
1963年5月に埼玉県狭山市で女子高校生が殺害され、被差別部落の青年・石川一雄さん(当時24歳)が犯人として逮捕されたえん罪事件。石川さんは差別・偏見にもとづく捜査で逮捕され、有罪判決を受けた。1977年の無期懲役判決の確定後に、えん罪を疑わせる数々の証拠が明らかになり、再審の請求が行なわれてきた。石川さんは、1994年の仮出獄までの31年7ヵ月もの獄中生活を余儀なくされ、いまなお無実を晴らすために裁判を闘っている。
世界各地でも…
インドのダリット(カースト制度下で「不可触民」として差別されている人びと)は罪をでっちあげられ逮捕されたあげく、拷問で命を奪われている。欧州などのロマは、警察により「危険を及ぼす可能性がある」として個人情報を登録され、警察の暴力を受けている。米国をはじめとする各国のイスラム系の人びとは、とりわけ9.11事件後に同様の取り扱いをされている。各国の移住労働者や難民申請者をはじめとする外国人は当局や市民により排斥されている。そして、司法は往々にして差別を行なった当局の責任を「免責」している。
このように世界各国で警察が、人種、民族、出身国などをもとに対象を選定した捜査を行ない、司法が、差別にもとづく捜査や差別を行なった当局の責任を「免責」してきた実態を憂慮し、国際社会はさまざま